優れた女性科学者をたたえる「猿橋賞」が、量子力学の世界で多数の要素が絡む「量子多体系」の現象を数学によって研究する、京都大学数理解析研究所教授の緒方芳子さんに贈られることが決まった。主宰する「女性科学者に明るい未来をの会」(中西友子会長)が発表した。
授賞理由は「量子多体系の数学的研究」。
身の回りの物質は原子核や電子が集まってできているが、これらが互いに引き合ってつぶれてしまわず、安定な物質として存在することは自明ではない。量子力学に従う数多くの要素が相互作用する、量子多体系の研究を通じて理解される。また、例えば金属が電気を流す、磁石になる、熱を伝えるといった現象は、電子などの要素の相互作用によって起こる。こうした物理現象の仕組みを精緻に理解しようとするのが、量子多体系の研究だ。
緒方さんはこの分野に、数学を使って取り組んできた。物理学の実験や身の回りで起こる“マクロな”現象を、量子力学の“ミクロな”法則を使い、数学的に厳密に理解しようと研究。20世紀前半にハンガリー出身の米数学者、フォン・ノイマンが、量子力学を数学的に扱おうと導入した概念「作用素環」を活用し、功績を重ねてきた。
具体的には(1)温度の異なる2つの物体の間のエネルギーの流れ方は、両者の温度差に依存する。これを説明する物理学の「グリーン・久保公式」の理解を導き出した。(2)量子力学で物理量は「非可換」(例えばA×B=B×Aとは限らない)だが、規模が大きくなるとこの性質が失われる。これに関してノイマンが提起した仮説が、正しいことを証明した。(3)近年、連続的な変形の可否で物質の状態を分類する「トポロジカル相」の研究を推進。分類の不変量について成果を上げた。
15日の発表会見で緒方さんは「数ある分野から数理物理学を選んでいただき、大変感謝している。通常の物性物理の実験室で起きていることは、全て量子力学で説明できるべきであり、数学的手法で導き出していきたい。私が知る女性研究者はとても立派で、講演を聴いて元気になっている。そういう人がこれからも増えてほしい」と話した。
1976年、大阪府生まれ。東京大学理学部物理学科卒業、同大大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。九州大学数理学研究院助教、東京大学大学院理数科学研究科准教授、同教授などを経て昨年12月から現職。2021年、数理物理学分野で世界的栄誉とされるポアンカレ賞を受賞した。
同会は地球化学者の猿橋勝子博士の基金により創設され、同賞は今年で44回目。贈呈式は来月11日に東京都内で開かれる。
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