スポーツには大きな可能性がある!
3月10日、フィリピンで開かれた東アジアスーパーリーグ(EASL)で初優勝した男子プロバスケットボールチームの千葉ジェッツ。帰国直後の同16日には天皇杯を制覇、2大会連続となる優勝を果たした。
今やリーグ屈指の人気球団となった千葉ジェッツの親会社はMIXI。2019年からジェッツの経営に参画し、21年からはサッカー・JリーグのFC東京が傘下入り。2023年シーズンはクラブ史上最高の売上高を達成、来場者数は年間約50万人(前年比約3割増)と、今や浦和レッズに次ぐ人気球団だ。
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「スポーツには大きな可能性がある。例えば、生まれた時から巨人ファンや阪神ファンと言う人がいるけど、あれは大抵、父親がずっとテレビで巨人を応援しているから、知らないうちに自分も巨人ファンになっていたと。特に最近はテレビでスポーツ放映をしなくなっているので、(持分法適用会社の)英国風パブ『ハブ』とも連携しながら仲間や家族が一緒に観るような場をつくるようにしたい」
MIXI社長の木村弘毅氏はこう語る。
IT企業のMIXIがスポーツ事業に力を入れている。
近年はディー・エヌ・エー(DeNA)がプロ野球『横浜ベイスターズ』やプロバスケットボール『川崎ブレイブサンダース』を、サイバーエージェントがサッカー・Jリーグの『FC町田ゼルビア』を運営しており、IT企業によるスポーツ事業の参入が増えつつある。
ゲーム事業は当たり外れが多く、開発費も相当なもの。そのため、有形資産であるスポーツチームを人気球団に押し上げることができれば、安定した収益を得ることができるからだ。
また、MIXIは公営競技事業にも参入。競輪やオートレースのインターネット投票ができる『TIPSTAR』の運営や、最近では地方自治体からの委託で、玉野競輪場(岡山県)や高松競輪場(香川県)の運営も手掛けるようになった。
同社の売上高(24年3月期は1460億円の見通し)のうち、現在は約7割がゲームで、すでにスポーツ事業は約2割を占めるまでに成長している。
「最近は競輪場の再生案件をいくつかいただいていて、施設が新しくなると来る人も変わってくるし、家族で楽しめるような仕組みも入れていく。競輪場の新たな価値創造や地域活性化に貢献していきたいし、『TIPSTAR』は自分の買った車券だけでなく、友人が買った車券まで分かるので、ゲーム同様に盛り上がることが出来る」(木村氏)
苦境期に開始したゲームが屋台骨を支える事業へ成長
MIXIは、創業者(現・取締役ファウンダー)の笠原健治氏が、東京大学在学中の1997年に求人情報サイトの運営を手掛けたのが始まり。2年後の1999年に法人化、2004年にSNS(ソーシャル・ネットワーキング サービス=交流サイト)『mixi』を立ち上げ、06年に東京証券取引所マザーズ市場(現プライム)へ上場。一時は日本発のSNSとして絶対的な地位を築いた。
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ただ、パソコンやガラケー(従来型の携帯電話)を中心に広がった同社だったが、時代は徐々にスマートフォンへ移行。
2010年頃から、米フェイスブック(現メタ)や米ツイッター(現X)、韓国からLINEが続々日本へ上陸。徐々に『mixi』の人気に陰りが出始め、業績が悪化。13年度(14年3月期)には上場以来、初の最終赤字へ転落してしまった。
「SNSで大きく成長し、上場も果たし、プラットフォーマーとして大きく成長していきたいと思った矢先に、外国のSNSが入ってきて、自分たちが窮地に立たされた。そうした中で、わたしたちが存在するレゾンデートル(存在意義)とは何なんだ? ということを考え、原点に立ち返った」(木村氏)
この苦境期に誕生したのが、スマホゲームアプリ『モンスターストライク(以下、モンスト)』。当時はゲーム以外のアプリも開発していたが、ヒットに恵まれない日々。ところが、わずか3~4人から始まった小さなプロジェクトで、たった9カ月でつくったゲームが大ヒット。このプロジェクトの中心人物が木村氏だった。
2013年10月にサービスを開始。当時のスマホゲームでは珍しく、最大4人まで同時に遊べる協力プレイが話題となり、多くのユーザーから支持を得ることができた。これにより、同社の業績はV字回復。昨年6月には世界累計利用者数が6千万人を突破した。
2024年3月期は売上高1460億円、営業利益180億円の見通し。『モンスト』を含む、デジタルエンターテインメント事業は売上の約7割を占め、同社の屋台骨を支える事業へと成長している。
「やはり、われわれの原点はコミュニケーションだろうと。家族や仲間、友達とのコミュニケーションを図ることにフォーカスしていけば、必ず立ち直るだろうと考えた。結果的に世界中のスマートフォンに入っているアプリケーションの売上で2015年に初めてナンバーワンになることができ、心の中でガッツポーズした(笑)」(木村氏)
その後、2015年には子供の写真・動画共有アプリ『家族アルバム みてね』を開発。家族と一緒に楽しむコミュニケーションサービスとして、子供や孫の写真や動画を共有。コロナ禍でなかなか会うことが出来ない孫の写真や動画の共有による家族のコミュニケーション量は増加した。
実はMIXIはこれまで、『モンスト』などで海外進出し、撤退した過去がある。しかし、『みてね』は海外でもヒット。今では世界175カ国・地域で展開、ユーザー数も2000万人を突破した。
「家族ほど粘着性の高いネットワークはない。おじいちゃん、おばあちゃんにしたら、お孫さんはどんなアイドルよりも重要な存在で、写真をプリントアウトして持っていてくれる。そういう小さいネットワークを大事にしたい。日本は年間70万人強しか子供が生まれないけど、インドでは2千数百万人生まれるわけで、今後は海外の利用者も伸ばしていきたい」(木村氏)
変化対応力を強みに
木村氏はもともと父の経営する電気設備会社で働いていた。
しかし、「特に会社を継ぐ気はなかった」木村氏が20代後半になると、世間ではインターネットが急速に発達し、モバイル機器が普及。「モバイルの世界でやばいことが起こりそうだ」と考え、携帯コンテンツ会社で働くようになった。
いろいろな業界研究をする中で、木村氏はSNS『mixi』や創業者・笠原氏の存在を知る。1975年生まれの木村氏は笠原氏と同い年で、メディアなどを通じて笠原氏のインタビューを読んだりし、同社への憧れが強くなり、面接を受けた。
ところが、面接は二度も不採用。「ダメだったかと思ったが、それでも何とか入り込めるだろうとも思っていた」(木村氏)ようで、三度目の面接を経て、2008年に同社へ入社した。
その後は前述の通り、会社の苦境期に『モンスト』プロジェクトを立ち上げヒット。2018年から社長に指名された。当時は『モンスト』が売上の9割を占める〝一本足打法〟。こうした状況を打破するため、スポーツ事業への参入を表明した。
やはり、SNSやゲームは流行り廃りが早い上に、新商品を発売するためには巨額の開発費や広告宣伝費が必要。『モンスト』も発売開始から10年が経ち、次の成長の柱が必要。そこで目を付けたのがスポーツだったというわけだ。
「過去の成功にすがりついていては、変革の荒波にもまれて陳腐化していくだけ。自分自身がつくったものを、仮に成功したとしてもそれを否定するぐらいの気構えでないといけない。だから、ゲームで成功した次はスポーツだと考えた」(木村氏)
今年2月にSNS『mixi』が誕生20周年を迎え、6月には会社設立25周年の節目を迎えるMIXI。主力事業はSNS『mixi』からスマホゲーム『モンスト』へ変わり、そして、現在はスポーツを第3の柱に育てようとしている。およそ10年ごとに事業ポートフォリオ(構成)を変革し、主力事業を変化させていく変化対応力が同社の強みなのだろう。
「もちろん、狙って設計して仕込んでいるのもあるし、時代が変わればお客さんも変わって行く。われわれはコミュニケーション屋。コミュニケーションの機会や場所を提供することがミッションであり、『ユーザーサプライズファースト』で、ユーザーの驚きを何よりも優先する。ユーザーファーストになるなとよく言っていて、回答をお客さんに聞いてもダメだと。ユーザーの半歩先、一歩先を行って驚きを提供し続けることが大事だと思う」と語る木村氏。
変化の激しいIT業界において、既存の事業だけにこだわっていては生き残りはできない。時代の変化に合わせて、事業ポートフォリオを変革させるMIXIの〝変わり身の早さ〟が同社の成長を支えている。