東京大学(東大)、理化学研究所(理研)、筑波大学、木更津工業高等専門学校(木更津高専)、プランツラボラトリーの5者は4月16日、人工光型植物工場の養液栽培(土を使わずに肥料を水に溶かした養液で作物を栽培する方法)における、培養液の温度(根圏温度)が植物の代謝や生育に与える影響を調査した結果、タンクの培養液を室温に対して3℃加温することによって、植物の生育促進のみならず、カロテノイドやビタミンCなどの機能性成分が向上することを明らかにしたと共同で発表した。

同成果は、東大大学院 農学生命科学研究科の林蒼太大学院生、同・Christopher P. Levine Tominaga大学院生、同・若林侑助教、同・河鰭実之教授、同・大森良弘准教授、同・矢守航准教授、理研 環境資源科学研究センターの草野都客員主管研究員(筑波大 生命環境系 教授兼任)、同・小林誠テクニカルスタッフI、同・西澤具子テクニカルスタッフI、木更津高専の栗本育三郎教授(研究当時)、プランツラボラトリーの臼井真由美主任(研究当時)、同・湯川敦之代表取締役らの共同研究チームによるもの。詳細は、植物生物学の基礎に関する全般を扱う学術誌「Frontiers in Plant Science」に掲載された。

  • 培養液を3℃加温するだけで、レタスの収穫量と機能性成分が向上することが確認された

    培養液を3℃加温するだけで、レタスの収穫量と機能性成分が向上することが確認された(出所:プランツラボラトリー プレスリリースPDF)

近年、世界的な人口増加や気候変動に伴う食料不足・水資源枯渇・耕作地不足の深刻化、また、農業の担い手不足・食の安心安全性や機能性への関心増大を受け、都市型農業への期待が高まっている。それを実現できるのが、太陽光を使わずに農作物の生育に必要な環境を人工的に制御し、病害虫から隔離した環境で無農薬栽培を可能にする人工光型植物工場。

植物工場では、栽培棚を複数積む多段式栽培による空間効率の向上により、単位面積当たりの収量を露地栽培よりも高くできるほか、天候に左右されず農作物を安定的に周年・計画生産でき、さらに環境の高度な制御によって高付加価値をつけた作物栽培が可能だ。

しかし植物工場であっても、作物の生産性を高めるためには、植物の環境応答の仕組みを解明し、それを有効活用する技術を開発する必要がある。たとえば、室温が適温の範囲内よりも低かったり高かったりする場合、一般的には光合成などの代謝反応に悪影響を及ぼすため、作物の生産性が低下することがわかっている。しかし、培養液温度(根域温度)に対する植物応答を解析した研究例は極めて少なく、不明瞭な点も多いという。

そうした中、培養液温度が、水や養分の取り込み、光合成、同化物の分配など、根の多くの生理学的プロセスに影響を与えることを解明してきたのが研究チームだ。これまでの研究で、培養液を室温より数℃高くすることで、植物の生育と品質が向上する可能性が見出されていたという。そこで今回の研究では、複数の室温で栽培したレタス(レッドリーフレタス)において、培養液を3℃加温することによる、植物成長や機能性成分への影響を調べることにしたとする。

  • レタスを室温17、22、27、30℃の4種類で栽培し、培養液温度を制御しない区(無加温)と3℃加温した区の植物の写真、地上部乾物重、地下部乾物重

    レタスを室温17、22、27、30℃の4種類で栽培し、培養液温度を制御しない区(無加温)と3℃加温した区の植物の写真(A)、地上部乾物重(B)、地下部乾物重(C)。「*」はそれぞれの室温において、無加温区と3℃加温区で有意に差があることが示されている(出所:プランツラボラトリー プレスリリースPDF)

室温は17、22、27、30℃の4条件下で、循環式の養液栽培システムにおいて、培養液を3℃加温する処理区と加温しない処理区を設けてレタスが栽培された。培養液温度の差が及ぼす影響を考える上で、網羅的に生理学的プロセスを解明することが重要なことから、カロテノイドやビタミンCなどの機能性成分の定量の他、植物におけるミネラル元素の取り込みを解明するためのイオノーム解析、代謝物の変化を網羅的に明らかにするためのメタボローム解析も実施された。

  • レタスを4種類の室温で栽培し、無加温の区と3℃加温の区の植物のクロロフィル含有量、カロテノイド含有量、アスコルビン酸含有量

    レタスを4種類の室温で栽培し、無加温の区と3℃加温の区の植物のクロロフィル含有量(A)、カロテノイド含有量(B)、アスコルビン酸含有量(C)。「*」はそれぞれの室温において、無加温区と3℃加温区で有意に差があることが示されている(出所:プランツラボラトリー プレスリリースPDF)

その結果、4つの室温条件すべてにおいて、地上部乾物重と地下部乾物重が有意に増加することが判明。培養液の3℃の加温による地上部乾物重の増加率が調べられたところ、室温17℃で23%、22℃で31%、27℃で18%、30℃で14%増加していたとする。

  • 室温22℃で栽培したレタスにおいて、無加温区と3℃加温区における植物の葉と根の可溶性タンパク含有量の違い

    室温22℃で栽培したレタスにおいて、無加温区と3℃加温区における植物の葉(A)と根(B)の可溶性タンパク含有量の違い。「*」はそれぞれの室温において、無加温区と3℃加温区で有意に差があることが示されている(出所:プランツラボラトリー プレスリリースPDF)

また培養液の加温によって、クロロフィル、カロテノイド、アスコルビン酸(ビタミンC)などの機能性成分が向上することもわかったという。さらに、根と葉における可溶性タンパク量や各種ミネラルが増加しており、特に葉では人体に良いマグネシウムや鉄などのミネラルが増加していたとした。

また、メタボローム解析の結果から、根ではグルタミン酸やアスパラギン酸など、アミノ酸合成の起点となるアミノ酸が増加していたことから、培養液の3℃の加温が根におけるアミノ酸生成を促進している可能性が考えられるとしている。

  • 室温22℃の栽培レタスにおいて、無加温区と3℃加温区における植物の葉と根における各元素量と各代謝物量の変化

    室温22℃の栽培レタスにおいて、無加温区と3℃加温区における植物の葉と根における各元素量(A)と各代謝物量(B)の変化。無加温区と3℃加温区の比較において、各元素量と各代謝物量の変化で有意な増加が赤、減少が青で示されている。代謝産物の変化については、代謝物名の左下は葉の代謝物の変化、右下は根の代謝物の変化が表されている(出所:プランツラボラトリー プレスリリースPDF)

今回の研究成果は、新産業である植物工場において、作物の生産性と機能性成分を増産させる新しい栽培法の開発に貢献することが期待されるという。研究チームでは今後、最小の資源とエネルギーの投入で、最大の収量と品質を得るシステムを確立すると共に、環境負荷を最小限に抑える技術開発を進めていきたいと考えているとした。