岩手大学は4月11日、ネコが臭い付けの目的でマーキングするスプレー尿が通常の尿より悪臭を放つのは、両方の尿の化学成分に違いがあるわけではなく、ネコの尿が壁などの垂直物に付着しやすくする成分を含んでいるためで、マーキングされた場所から地面に流れ落ちる過程で薄く広がり、臭い成分が周囲に放出されやすくなるためであることを解明したと発表した。
同成果は、岩手大 農学部の宮崎雅雄教授、同・上野山怜子大学院生らの研究チームによるもの。詳細は、生物内および生物間の相互作用を媒介する天然化学物質に関する全般を扱う学術誌「Journal of Chemical Ecology」に掲載された。
ネコはマーキングのため、尾を上げて垂直物や壁などに尿を吹きつける尿スプレーをよく行うが、ネコが普段トイレで排泄する尿よりも悪臭が強いと感じられることが多い。その理由として、スプレー尿に肛門腺分泌物に由来する臭い化学物質が混入しているとする説があるが、これまでに両方の尿の化学組成を正確に調べて比較した研究はなかったという。そこで研究チームは今回、スプレー尿がなぜ通常尿に比べて臭いのかを調べることにしたとする。
まず、7匹のネコからスプレー尿と通常尿が採取され、揮発成分の化学組成が比較されたが、大きな違いはなかったという。スプレー尿と通常尿の採取した時間差の影響が考えられたことから、2匹のネコについてスプレー尿を採取した直後に、膀胱内の残尿をカテーテルで採取して同様の解析が行われた。結果、両方の尿の化学組成は同一個体でとてもよく似ていることが判明。また、ネコを使った行動試験を行い、ネコはスプレー尿と膀胱尿の臭いの違いを識別できないことも立証。スプレー尿は膀胱尿由来であり、肛門腺分泌物などに由来する臭い成分が尿に混入しているわけではないことが解明された。
次に、ネコの尿がプラスチックシリンジの内側に付着して残りやすかったことから、ネコの尿の濡れ性(固体に対する液体の付着しやすさ)について調べることにしたという(別の実験での、タンパク質だけを除去した尿は特に残りやすいということはなかったとする)。
ネコの尿の悪臭成分は「コーキシン」と呼ばれ、ネコの尿にはそれを作り出す反応で重要なタンパク質が大量に含まれていることを、宮崎教授らは20年前に発見していた。一般に、液体の濡れ性が高いのは、液体の表面張力(物質が表面をできるだけ小さくしようとする性質)が低い時。そこでネコ尿に高濃度に含まれるコーキシンが、尿の表面張力を低下させることで、尿が垂直の壁にも付着しやすくなって、スプレー尿が臭くなる一因になっているという新たな仮説を立てるに至ったという。
尿から精製されたコーキシンをさまざまな濃度で水に溶かし、液体の表面張力が測定された。すると予想の通り、コーキシン濃度が高くなるにつれて、液体の表面張力が低下することを確認。同じタンパク質濃度でも、ほ乳類の血液中の主成分であるアルブミン溶液と比較すると、コーキシン溶液の方が表面張力の値が低く、濡れ性が高いこともわかったとした。
そこで、ネコの通常尿と、タンパク質を除去した尿を準備して、表面張力の比較を行うことにしたとする。その結果、通常尿の方が表面張力が低く、より濡れやすい性質であることが判明した。実際、両方の尿を人工的に垂直に立てたガラス板にスプレーすると、通常尿の方がガラス板への付着量が多いことが実証された。
さらに、自然環境を模倣した箱庭実験も実施。ネコ尿をスプレーしたレンガを立てた箱庭からは、ネコ尿特有の臭い成分が大気中から検出されたが、同じ尿を直接土に注いだ方の箱庭からは、そのような臭い成分は一切検出されず、箱庭も臭くなかったとする。これは、土に染み込んだ尿の臭い成分が土の多孔質構造の中に閉じ込められて揮発されないためであり、対照的にレンガの表面に付着した尿は、時々刻々と大気中にその揮発成分が放出されているためだという。またスプレーされて広範囲に広がった尿の液滴は、レンガの表面で乾きやすく、尿が液体のまま存在している時より臭い成分の放出が速く、臭くなりやすいことが考えられたとした。
今回の研究成果により、哺乳動物の嗅覚コミュニケーションにおける尿中タンパク質の役割について、理解が深まったとする。また今回の成果は、ネコのスプレー尿の悪臭問題を低減させるための新たな消臭手法の考案にも役立つことが期待されるとしている。