無数のデータが往来し活用される“情報化社会”では、デバイスの知能化・高性能化が進展している。固定電話から小型化し持ち歩けるようになった携帯電話は、今や通話機能だけでなく情報端末として生活に不可欠なスマートフォンへと進化した。また移動を高速化することが役割だった自動車も、その車内における情報提供や娯楽の充実など、インフォテイメントの向上が続いている。
こうした知能化の波は、今まさに産業界にも押し寄せている。人手不足や人件費高騰などの課題から、多くの生産現場ではロボットが活用されており、そこにも知能を付加することでより効率的な生産体制の構築が目指されるなど、まさに変革の最中だといえる。
半導体メーカーのアナログ・デバイセズ(ADI)は、こうした市場変化を受け、ロボティクス領域における未来のニーズを探索し、新たな製品を模索し続けている。同社が考える情報化社会の現在地、そしてADIが果たすべき役割とは。変革に向けた新たな試みに打って出た半導体メーカーの戦略について、同社のロボティクス担当者であるDonnacha O’Riordan氏に話を聞いた。
事業活動において無視できない3つのメガトレンド
さまざまな業界に共通して訪れているメガトレンドとして、“サステナビリティ”、“サプライチェーンセキュリティ”、“労働力不足”が挙げられる。サステナビリティについては、マーケットでの存在感が大きいほどその取り組みが重視されており、今や投資家にとっての重要な判断基準の1つにもなるほど、企業のサステナビリティに対する責任が問われている。またサプライチェーン全体の安定性に対する関心は、昨今のコロナ禍でより際立ったといえる。社会全体が不安定になる中で、どのようにして製品を供給するのかといった点では、労働力の減少も製品供給の安定性を揺るがす要素であり、その解決のためにさまざまな技術の活用が求められているところだ。
こうした課題を打破するために欠かせない3つの要素として、O'Riordan氏は、“シームレスな通信技術”、“エッジでの情報処理”、“スマートパワーシステム”を挙げる。これらの技術は産業界におけるさまざまな分野で求められていて、特に日本市場で拡大中の領域で言えば、製造プロセスや工場全体の自動化、さらにはロボティクスでも必要とされている。そしてADIも、それらの領域をターゲットとした製品開発を進めているという。
モータの改善がもたらす産業界へのインパクト
大量の製品を生産する代わりに多くのエネルギーを消費する産業活動において、そのうち7割ほどの電力がモータの駆動に活用されているともいわれている。裏を返せば、モータのエネルギー効率を向上させることで工場全体に大きなインパクトを与えることから、ADIでは3つの側面で性能向上に貢献できるとする。
- 生産システム全体のモニタリング
- 製造機器・ロボットの状態に応じたリアルタイム制御
- データのオープンな共有
モータおよび機器の状況をリアルタイムで把握できれば、よりエネルギー効率の高い状態を維持でき、無駄を削減できる。また収集したデータをよりリアルタイムで制御へと反映することで、エネルギーと生産性の両面で効率的な運用が可能となる。加えて、モータから収集したデータを整理して洞察を得ることもでき、必要な人がこうしたデータにアクセスするシステムを構築すれば、エネルギー管理の効率はさらに向上することが可能だ。
加えて、モータを含む機器の振動や電流データを計測できれば、機器に異変が生じた際に初期段階で感知することができる。これは性能や電力効率の向上はもちろん、機器の故障を未然に防ぐことでダウンタイムを短縮し生産性を向上させるとともに、メンテナンスコストの削減といったメリットも生じる。
またO'Riordan氏は、ADIが持つ特徴として、振動などを検知するための位置センサに磁気による検出を用いた製品も展開している点を挙げる。磁気センサは広く用いられる光センサに比べて消費電力が抑えられ、またサイズの面でも小型化が期待できる上、汚れの影響を受けにくいなどのメリットも発揮する。光センサに完全に置き換わるわけではないものの、今後ADIの磁気センサがモータの位置検出センシングにおいてより広く普及する可能性は十二分に考えられるだろう。
次世代の工場で不可欠なのは“ITとOTをつなぐこと”
機器の一部に限らず、工場全体で見てもデータ活用による効率化は大きなインパクトにつながる。特に多くの製造機器を用いる大規模工場においては、さまざまな機器でデータを収集することが可能であり、それらから得られる洞察を活用できれば、エネルギー効率と生産性の両方を高めることが可能になるだろう。
しかし現在の主な工場内では、機器ごとにプロトコルが異なるなどの理由から、多くのデータは収集出来ていても実際に活用できているのは一部に限られる、といった状況が見られるといい、それぞれのデータが孤立して存在し、管理者が利用できるデータとしてアクセスすることができないとする。
次世代のデジタルファクトリーでは、そういった多くのデータをシームレスに連携させることで得た洞察を用い、より効率的な運用へと活かしていくことが必須となる。そのためにADIは、ITとOTを単一のネットワークでリアルタイムにつなぐ技術を提供していくとのことで、センサやアクチュエータを接続するための規格である「Ethernet-APL」や、データのリアルタイム同期を可能にする「Time Sensitive Networking(TSN)」を活用し、工場の稼働状況をソフトウェアで制御しながらフレキシブルに変化させることが可能な工場運用の実現に貢献するとした。
またO'Riordan氏はこの分野におけるADIの強みとして、センシングの精度、作業者とロボットとをつなぐセンシングの精度に加え、センシングデータの流通におけるセキュリティ、産業用の通信技術、電力効率の高さや絶縁技術の信頼性を挙げた。
協働ロボット時代の到来で求められるセンシング技術
またADIはこれまで、ロボティクス領域においても20年以上の経験を持ち、作業者にとって安全な作業環境をセンシングによって構築してきた。同社の従来の強みはモータの精密制御能力であり、特にロボットアームのジョイント部分における制御には力を入れていたという。
そして現在では、それらシステムの機能をさらに拡張し、インダストリアルビジョンやバッテリ管理システムの追加、また先述のイーサネットによる接続など、ロボットシステムとしての技術発展を支えているとする。加えて昨今は、生産ラインのフレキシブル化などにも伴い、人間と共に作業する協働ロボットに対するニーズが高まっており、特に自律走行を行うモバイルロボットには、リアルタイムでの周囲の360度センシングなどさまざまな技術が求められる。
ADIではモバイルロボットメーカーに対して、センサシステムをプラットフォーム化して提供しているとのこと。高速でアジャイルな開発がトレンドとなっている今、メーカーの開発加速を促し、そのプロセスを簡素化する手助けをしているとする。またホイール部分のモーションコントロールやパワーコントロールなどについても、BLDCモータ用サブシステムモジュール「TMCM-2611-AGV」として2024年5月よりサンプル供給を開始予定。これによりメーカーは、モータ駆動の高精度制御や電力の高効率化を容易にロボットへと組み込むことが可能になるとした。
さらにADIはモバイルロボット用途向け製品として、従来EV向けに開発されたパワーマネジメントシステムや、自律走行性能を向上させるIMU(完成計測ユニット)やToFセンサなどもサブシステムとして提供する。なおこれらはオープンソースプラットフォーム「ROS」に準拠しているため、多くのユーザーにそのメリットを届けることができるとしている。
モジュールの提供で未知の顧客を獲得するADI
半導体が必要とされる領域が多様化し、その用途も急速に拡大している昨今では、機器メーカーの製品開発現場が煩雑化する一方で、社会変化に伴い製品リリースを加速させることも求められている。こうした開発者泣かせのジレンマを解消させるためには、半導体メーカーもただ半導体だけを提供するのではなく、モジュール化した状態で製品を提供することで開発加速に貢献することが求められるという。
ADIも前述のように、センシングをはじめとするさまざまな領域でサブシステムモジュールとしての提供を行っており、今や展示会でもICチップを展示しない場合もあるなど、ただ半導体を販売するだけのメーカーではなくなっている。こうした転換により、これまで主要顧客であったモジュールメーカーだけでなく、ADIの半導体を使いたいものの開発リソースに余裕がなかったメーカーなども、モジュールを提供することにより直接顧客になる可能性が広がったといい、新たな顧客獲得の機会にもつながっているとのこと。4月24日から27日までインテックス大阪にて開催される「2024国際ウエルディングショー」でもこうしたソリューションを展示し、新たな顧客とのタッチポイントとなることを期待しているとする。
ADIとしてのロボティクス事業は順調に拡大し、世界的に見ても、短期的な変動はありながらも長期的に見れば継続的に伸びていくとの見通しを語るO'Riordan氏。元来ロボット開発において存在感を発揮してきた日本でも、これまで大型産業機械に注力していた企業が協働ロボットの開発に乗り出すなど、新たな市場の開拓が進んでいるという。産業の発展に直結するロボティクスの進化を支えるため、ADIは社会の変化を捉えながら新たな時代を先導していくことだろう。