富士通の100%子会社である、Ridgelinez(リッジラインズ)が2020年4月に事業を開始してから5年目に突入した。コロナ禍という厳しい環境でのスタートを余儀なくされたものの、日本で生まれた最初のDX(デジタルトランスフォーメーション)専門会社として、その取り組みには多くの注目が集まり、この間、日本企業のDXを支援してきた実績には高い評価が集まる。

一方、富士通がコンサルティングサービス「Fujitsu Wayfinders」を新たに開始。今後、Ridgelinezとの棲み分けも気になるところだ。本稿では、Ridgelinez 今井俊哉CEOに同社のこれまでと現在、そして未来について聞いた。

  • 設立から5年目を迎えたRidgelinez

    設立から5年目を迎えたRidgelinez

設立から4年間の歩み

--コロナ禍での事業開始から4年を経過しました。DX専門会社としての成果はどうですか?

今井氏(以下、敬称略):Ridgelinezは、DXのコンサルティング会社としてスタートしたわけですが、市場からは非常に強いデマンドがあります。それはある意味、当然の状況だともいえます。

というのも、何十年も変えられないままの日本企業があまりにも多く、感覚的には約7割の企業が困っているという状況にあります。こうしたデマンドに対して、私たちがどれだけのパワーと能力、質を持って取り組んでいけるのかが鍵となっています。

もともと日本の企業は、DXのD(デジタル)に向かいがちなところがあります。データをデジタル化して、データレイクをうまく作れば、行動が変容し、DXが実現するといわれますが、そんなことはありません。

管理指標が変わり、マネジメントの手法が変わり、そして人が変わるといったことが起きないと、変革にはつながりません。私は、DXで大切なのは、DよりもX(トランスフォーメーション)であるということを、ずっと訴えてきました。

それがなかなか伝わらなかったのですが、この4年間で日本の企業全体がXを戦略的に捉えはじめるようになりました。経営者の意識も明確に変化してきました。その背景にあるのはコロナ禍で、これまでとは違ったやり方に対する受容性が高まってきたことが挙げられます。

たとえば、必ず出社しなくてはならないといったかつての働き方から、どこで働いても、やることが効率よくできればいいという考え方が広がってきたのは、新たなやり方に対する受容性が高まったきた表れの1つです。

--この4年間でRidgelinezはどう変化しましたか?

今井:スタートしたときの社員数は約240人で、私を含めた10人以外は、富士通総研や富士通からの出向者で構成していました。現在は、約180人が富士通グループから、約300人が外部採用者という構成比になっています。

従来は、日本の経営環境のなかで育った人材ばかりでしたが、そうした社員が約4年間、Ridgelinezで働き、仕事のやり方が変わり、視点を変わってきましたし、即戦力といえる人たちに外から入ってきてもらい、それもRidgelinezの変化につながっています。

  • Ridgelinez 今井俊哉CEO

    Ridgelinez 今井俊哉CEO

最大の変化は、スピードです。実際、2倍~3倍の速度で仕事が進んでいると実感しています。日本の伝統的な企業に共通している課題は、何かを投げると、帰ってくるまでに時間がかかりすぎるという点です。

しかも、その理由がわからない(笑)。私から見ていて不思議なのは、課題を投げると、必ず手元でそれを一定期間抱く。結局、自分ではやらずに、次に投げるのに、その時間を持つのです。それではスピードはあがりませんし、Ridgelinezでそのやり方は通用しません。すぐに答えを返すことを社内に徹底しています。そして、この変化は、重要な意味を持っています。

自分たちの仕事のスピードがあがるというメリットだけでなく、この経験をお客さまに直接話すことができるというメリットがあるからです。DXを進めるには、文化を変えなくてはならない。その第一歩ともいえる変化を自分たちの体験として語ることができるわけです。

もう1つ大切なのは、文化やマインドセットを変えるといっても、それ自体は目に見えないものですし、数えることもできませんが、行動であれば数えることができるという点です。「やったこと」、「やらなかったこと」は数えることができます。つまり、数えることができる行動を、変容することが大切なのです。

もちろん、行動を変えることは大変なことですし、嫌だと思いながらやっている人も多い。しかし、やってみると、スピードがあがったり、瞬発力があがったりということを実感し、同じメンバーで、同じ仕事をしているのに生産性があがっているということもわかります。行動変容が、文化やマインドセットを変えることにつながります。

日本のDXで最大の課題は“自分事”ではない

--Ridgelinezのスピード力や瞬発力の強化は、顧客に対しても、成果として還元できているというわけですね。

今井:あるお客さまからは、システムが稼働するまで6カ月から12カ月かかっていた案件が、Ridgelinezに頼んだら2カ月で完成し、3カ月目には稼働したと言われました。これは凝縮して3倍働いたわけではなく、不要なことをなくし、自動化できるところは自動化するといったことに取り組んだ成果です。

これは私たちの仕事のやり方を反映したものだといえます。また、このやり方がお客さまから評価されている背景には、先に触れた社会や企業の受容性の変化が見逃せません。

従来は、お客さまの多くが時間がかかっても100%完璧なものを作ろうとしていましたが、今は3分の1の期間でできるのであれば、70%の精度でもいいと判断する経営者が増えてきました。

1年後に高い精度で意思決定するよりも、2カ月後に経営判断に使うことができ、そのスピードをもとに意思決定を繰り返し、決定の精度をあげたほうが経営には大切であるということが浸透してきたといえます。また、1年後に完成したシステムでは、もはや時代にあわなくなることをコロナ禍で経験し、石橋を叩いて渡る手法では限界があることに、多くの経営者が気づいています。

--日本はDXが遅れているといわれますが、今井社長の肌感覚ではどうですか?

今井:日本には優れた通信インフラがあり、最先端のデジタルテクノロジーもありますが、問題はこれを使おうとしないこと、使いはじめるにも時間をかけてしまうということです。また、日本の経営者のITリテラシーが、相対的に低いという課題もあります。

そして、最大の課題は、何を目的に何を変えるのかということが、企業のなかに浸透せず、経営者がIT部門に丸投げしたり、DXはIT部門の話であり、自分たちには関係ないと思ったりしている社員が多いということです。

組織的行動変容が起きないとX(トランスフォーメーション)が起きませんが、5%の社員だけが、DXにいくら一生懸命に取り組んでも、会社は変わりません。ただ、約3割の社員が関わってくると、そうした意識を持った社員が、あらゆる活動に関われるようになりますから、そこから行動変容が生まれ、、DXが社内に浸透しやすい環境が整うのです。

--日本の企業は、PoC(概念実証)やQuick Win、プロトタイピングの取り組みには積極的であると感じますが。

今井:ただ、Quick Winといった途端に、日本の企業はやりやすく、成果が出やすいものに限定する傾向があります。結果として、全社の変革には何も及ぼさない範囲で、成功したと満足して、終わってしまう。

Quick Winは、本来、確実に成果が出るものを先行させ、それによって得た資金や成果を活用したり、気がついた課題を修正したりしながら、次の改革に進み、本丸といえる課題解決にたどり着いていく仕組みでなくてはなりません。日本の企業のQuick Winにはそうした姿勢がないことが課題です。

納得感や目的意識を持たないDXは失敗する

--失敗するDXには共通項がありますか。

今井:自分たちが、何を変えなくてはならないか、なぜそれを行うのかということが、納得感を持って組織や社員に受け入れられていない場合には失敗します。では、納得感を持たせるにはどうするか。それはデータしかありません。

Aという生産ラインを採算が取れないために停止するといった場合に、データを良く見ると、AからDまでの生産ライン全体で見た場合に、Aは固定費の吸収に貢献しており、これを廃止すると全体で採算が取れなくなるという場合もあるわけです。

本来、止めなくてはならないのは別の生産ラインかもしれません。こうしたことを、データをもとに判断し、その後の姿がどうなるのかといったこともデータで提示しなくてはなりません。

事業の考え方は、ピープルデベロップメントの手法と同じで、スタート、ストップ、コンティニューに分類できます。新たな手を打つもの、止めるもの、従来通りに継続するものを明確し、変えるもの、変えないものを示すことが大切です。

また、DXというと、あれもやりたい、これもやりたいという話になるのですが、何十、何百も項目が挙がったら、人は覚えられません。覚えられて、2つか、3つです。それだけ絞り込まないと組織レベルの変容はできません。

組織も人も同じで、直さないといけないところはたくさんありますが、一度には修正ができません。ゴルフのスイングと一緒で、1カ所変えることはできても、3つも一度に言われたら修正できませんし、フォームがばらばらになってしまいます(笑)。

そして、変える作業には必ず反作用が出ます。1つの変化に、3つの反作用が出るとした場合、10個の変革をやったら、社内は反作用だらけになってしまいます。結果として、変容は難しいという話になり、結局は何もできずに終わってしまうことになる。

やらなくてはならない課題に対して真摯に向き合い、そこで発生する反作用も解決するという手法を用いることが大切なのです。変えるということは簡単なことではありません。絞り込んで、優先順位をつけて、段階を踏んで変えていくことが重要です。

もう1つ大切なことは、デッドラインを決めるということです。DXには期限が必要ですし、しかも短期間でやり遂げる姿勢が肝要です。案件によって異なりますが、1年や2年でやりきること、どんな大きな案件でも3年という期間は長いぐらいの感覚で取り組むべきだといえます。

今から約40年前の1983年に、トヨタ自動車が発売した7代目クラウンでは「いつかはクラウン」という有名なキャッチコピーが使われました。いつかはあこがれのクルマであるクラウンに乗りたいということに共感した人たちも多かったと思います。しかし、DXの場合には、「いつかは」では駄目なんです。「2年後にはクラウン」といったように期限を切ってやり遂げなくてはなりません。

--Ridgelinezの強みを改めて教えください。

今井:実は、事業をスタートしたときに、逆にRidgelinezの弱みは何かと考えました。日本でしか事業を展開していない、男性ばかりである、後発であるなど、いくつかのマイナス要素が浮かびました。

ただ、日本にしかないという点では、今は情報が入りやすくなり、グローバルとの情報格差が縮まっていますから、それほど大きな弱みになるとは感じませんでしたし、むしろ日本企業が変われない理由を社員全員が体感で理解しており、日本の企業が実行できるプランを提案できる点は強みになると感じました。

Ridgelinezには、ストラテジー、オペレーション、テクノロジーという3種類のコンタルタントが在籍していますが、直近2年間は各コンサルタントがフェーズを分けてサービスを提供するのではなく、ワンチームとなってサービスを提供することが増えました。

テクノロジーコンサルタントが、早い段階でアウトプットの姿まで見せることができますから、お客さまもイメージが湧きやすい。それをもとに、ストラテジーコンサルタントやオペレーションコンサルタントが、より踏み込んだ議論を行い、早回しをして、次のアウトプットにつなげることができます。

お客さまのイメージが湧くと、次々と意見が出てきて、私たちも課題を理解しやすく、求めているものが分かるという好循環が生まれます。ドキュメントばかりがたくさんできあがり、実際に画面を作ってみたら、どうも違うなということになり、差し戻しになるといった循環とは異なります。

また、後発というのも見方を変えれば、先行企業の失敗を知っているわけですし、私自身も、複数の外資系コンサルティング会社を経験していますから、それを活かすことで、後発であることも強みにつながると思っています。