東京大学(東大)は4月5日、電子材料に用いられるシリコンにおいて、熱を運ぶ準粒子「フォノン」の準弾道的輸送を積極的に利用することで、絶対温度80K(-193℃)付近で熱伝導率の異方性を逆転させる構造を実現したことを発表した。
同成果は、東大 生産技術研究所(生研)のキム ビョンギ 特任助教、野村政宏教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行するナノサイエンス/テクノロジーに関する全般を扱う学術誌「ACS Nano」に掲載された。
半導体デバイスの小型化と高密度化の進展に伴い、電子機器の性能や信頼性、寿命などに大きく影響する熱管理が重要性を増している。特にナノ構造での熱伝導現象は、巨視的な系での場合とは異なり、フォノンの準弾道的な性質と表面による散乱の影響が顕著に現れるという。そのため、シリコンをはじめとする半導体材料のナノ構造における特殊な熱伝導現象を理解し、熱流の制御に応用を図る研究が活発に行われているといい、また近年では環境問題の観点から、半導体デバイスの熱管理や廃熱を利用した熱電変換技術の開発が進んでいる。
従来の熱伝導は方向性がないため、異方性を持つ構造を実現できれば、熱が伝わりやすい方向を決めることが可能だ。そのため、電子デバイス内部の発熱が激しい箇所からの熱が、温度を上昇させたくない部分を避けて逃がすようにするなど、新しい熱設計の自由度を提供することが期待されている。
しかしこれまでの研究で、黒リン、酸硫化チタン、テルル化タングステンなど、材料自体が異方性を持つ2次元材料が研究されてきたものの、等方的な材料にナノ構造を形成し、さらに温度によって熱が逃げやすい方向を逆転させる機能は実現されていなかったという。そこで研究チームは今回、熱伝導の異方性を持つナノ構造として、日本の伝統的な和装柄の1つである「青海波(せいがいは)」に着目したとする。
室温付近では、フォノンの指向性が弱く、ランダムな方向に散乱しながら高温側から低温側に拡散的に熱が伝わる(拡散的熱輸送領域)。温度差が波形状に垂直な構造では、波形状に平行な構造と比較して、熱が伝わりにくい構造となっており、熱伝導率は低くなる。一方で、絶対温度80K以下にすると、フォノンの平均自由行程が長くなってまっすぐ進みやすくなり、ナノ構造に沿った方向に指向性を持って伝わりやすくなる(準弾道的熱輸送領域)。そのため波形状に平行な構造では、フォノンの指向性によりフォノンの逆流が生じて熱伝導率が減少するという。
また今回作製されたサンプルの、4~300K(約-269~約27℃)の温度範囲での熱伝導率測定から求めた熱伝導率の異方性(温度勾配が波に平行な構造と垂直な構造の熱伝導率の比)から、80K以下ではフォノンの指向性に起因する逆流のため、波に平行な構造が低い熱伝導率を示すのに対し、80K以上になって指向性が消失して拡散的な熱伝導になると、波に垂直な構造よりも高い熱伝導率を示すことが確認された。つまり、温度を変えることで熱の流れやすい方向を90度変えることができるとする。なお研究チームは、モンテカルロ法を用いて青海波ナノ構造に熱が伝わる様子をシミュレーションしたところ、実験結果が再現されることが確認されたとする。
今回の研究で示されたナノワイヤネットワーク構造や材料をさらに探求し、高い温度まで指向性を維持することで、熱伝導の異方性を室温でも実現できることが期待できるという。研究チームによると、温度によって異方性が逆転するコンセプトは、半導体デバイスの放熱設計に応用できると考えられ、半導体デバイスの信頼性の確保や長寿命化につながる熱管理を可能にするとのこと。また、熱機能材料や熱機能デバイスにも適用可能で、熱エネルギーの有効利用にも効果が期待できるため、脱炭素社会の実現に貢献することが期待できるとしている。