東京工業大学(東工大)は4月4日、アモルファス酸化物半導体「InGaZnOx」(IGZO)のトランジスタである「IGZO-TFT」の電極に触媒金属を用いることで、電極界面が選択的に還元されることを見出し、同トランジスタの安定性を維持したまま接触抵抗を約3桁低減させることに成功したと発表した。
同成果は、東工大 国際先駆研究機構 元素戦略MDX研究センターの辻昌武特任助教、同・Shi Yuhao大学院生、同・細野秀雄特命教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行するナノサイエンス/テクノロジーに関する全般を扱う学術誌「ACS Nano」に掲載された。
高速化と大容量化を実現できる次世代2T0C(2トランジスタ/0コンデンサ)メモリ用材料として、フラットパネルディスプレイ用途で活用されているIGZO-TFTが期待されている。理由は、移動度が高いために高速での読み書きが可能なことに加え、オフ電流とプロセス温度が低いため、長いデータ保持時間(tret)とキャパシタフリーデバイスのシリコン半導体回路上への直接三次元集積が実現できることによる。
しかしIGZOをメモリに応用するには、数nmスケールまで微細化する必要がある。このような微細なTFTでは、直列抵抗成分に対する接触抵抗の寄与が非常に大きくなり、移動度向上と低消費電力化の大きな妨げとなってしまう。そのため、次世代メモリ用には低接触抵抗のIGZO-TFTが必須だが、従来の接触抵抗問題の解決方法では、nmスケールの複雑な構造内の内部界面に対して適応することはほとんど不可能だったとする。
そこで研究チームは今回、水素化触媒からアイディアを得て、酸化物半導体中のキャリア生成で重要な役割を果たす水素を、電極を介して外部から内部界面へと導入することで、電極-半導体界面のみを選択的に還元し、高導電性金属中間層を生成する手法を着想したという。そして同手法を用いて、内部の接触界面問題を解決するための戦略を立てることにしたとする。
内部に埋もれた界面に対して効果的に水素を作用させるためには、以下の条件を満たす水素化触媒金属電極と保護膜材料を選択することが鍵となる。
- 低温プロセスで反応を促進させるために、水素分子を活性な原子状水素へと解離させる触媒能を有する金属電極
- 速やかに活性な水素を界面へと輸送するための水素の高速拡散と、水素の容易な吸収・放出に有利な適度な溶解度を有する水素透過性金属電極
- 実効チャネル部を水素と隔離するための、電子構造的に水素耐性のある緻密な酸化物保護膜
今回の研究ではこの戦略に最適な電極として、柔軟な格子を持ち、水素に対して脆性を示さずに水素透過能を有するパラジウムが選択された。また、直流のスパッターリング法で容易に成膜が可能な「アモルファスZnSiOx」(ZSOx)が保護膜とされた。
まず、今回の手法によりボトムコンタクト型IGZO-TFTが作製され、その接触抵抗と実効チャネル長の偏差の水素アニール処理依存性が評価された。保護膜を含むボトムコンタクト型の素子構造は、電極-半導体界面が埋もれているため、通常の方法では界面への後処理が困難だ。しかし今回の手法では、埋もれた界面でも効果的に処理を行え、接触抵抗は、未処理時に3kΩ・cmだったのが処理後には6Ω・cmへと1/500に改善されたとした。また、最適な温度(150℃)と時間(10分)で水素処理を行うことで、パターニングされたチャネル長に対する実効チャネル長の偏差は44nmに抑えられており、界面近傍のみを選択的に変質させることに成功したという。
また、TFTがON時(VG=20V)に約80%あった抵抗成分中の接触抵抗の寄与が、水素処理によって無視できるほど小さくなり、結果としてTFTの電界効果移動度は20cm2/Vsまで向上した。その一方で、デバイスの安定性は水素処理前後で大きな変化は見られず、チャネルとして働く半導体内部へのダメージが少ない温和な処理であることも実証されたという。さらに、ボトムコンタクト型とトップコンタクト型の両TFTで同等の性能が示され、今回の手法は埋もれた電極-半導体界面を有するさまざまなデバイス構造に対して応用が可能であることが示唆されたとした。
なお今回の研究では、30マイクロメートルのチャネル長のデバイスが用いられたが、メモリ用途のnmスケールの微細なTFTデバイスでは、この接触抵抗を低くするなどの効果はより顕著に表れることが想定されるという。
また今回の研究成果は、TFTの良質な接触界面の作製に向けて、大きなインパクトを与える結果といえるとした。今後、nmスケールのIGZO-TFTを集積したメモリデバイスの創製に向け、産学のデバイス研究がさらに加速することが期待できるとしている。