東京大学(東大)は3月30日、直径約2mmというラン科の中では世界最小級の花をつけることで知られ、東アジアに分布するヨウラクラン属Oberoniaが、双翅目昆虫(飛ぶための翅を2枚持った昆虫のグループで、ハエ目とも呼ばれる)の一種である「タマバエ」によって送粉されることを明らかにしたことを発表した。
同成果は、東大大学院 理学系研究科 生物科学専攻の砂川勇太大学院生、東大大学院 理学系研究科附属植物園の望月昂助教、同・川北篤教授らの研究チームによるもの。詳細は、生態学に関する全般を扱う学術誌「Ecology」に掲載された。
約2万6000種からなるラン科は、被子植物の中でも最大の科の1つであり、大小さまざまで非常に多様な花形態を持つことで知られている。これは多様な送粉者への適応進化を反映していると考えられ、進化論でお馴染みのチャールズ・ダーウィンをはじめとする多くの研究者が注目してきたという。
一般的には、コチョウランやカトレアなど大型の花をつける種が知名度が高いが、ラン科全体を見渡すと、1cm前後というとても小さな花をつける種の多様性が特に高いことがわかっている。しかし、どうしてこのような小さな花を持つ種が進化してきたのかはほとんど解明されていない。しかも先行研究によれば、ラン科の9割以上の種で送粉者が確認されておらず、温帯/熱帯アジア分布種、着生種、そしてしばしば双翅目昆虫に送粉される小型の種については特に研究が遅れている状況だという。
ヨウラクラン属Oberoniaは東アジアを含む旧熱帯地域に150~300種ほどが分布する着生性のランで、冒頭でも述べたように、穂状花序に直径約2mmというラン科でも最小級の花をつけることで知られている。その花の小ささゆえに送粉生態は長らくわかっておらず、ここまで微小な花を持つ理由は謎に包まれていた。そこで研究チームは今回、日本にも分布するヨウラクランO.japonica(以下、ヨウラクラン)を対象に、送粉者の正体を確かめたとする。
ヨウラクランは宮城県以南の本州~琉球、韓国、台湾の東アジア圏に分布し、Oberonia属の北限種に該当する。今回の研究では、2022年に愛知県の自生地において26.5時間の直接観察が実施された。その結果、夜間(20:00~6:00)に微小な双翅目昆虫が多数花を訪れることが確認されたという。計135個体採集された訪花者のうち、128個体(約95%)が体長2mmほどのタマバエであり、すべてメスの個体だった。
また同昆虫の多くの個体が、頭部にヨウラクランの花粉塊を複数個付着させており、これはタマバエが同植物の唇弁の付け根に見られる凹み構造に口器を差し込む“吸蜜様行動”の過程で付着したものと考えられるという。花から花へ次々と移動しながら花粉塊を運び、柱頭に花粉塊が残る様子も観察されたことから、研究チームはタマバエがヨウラクランにとって有効な送粉者であることが推測されるとした。なおラン科では、特定の動物種に送粉を委ねる特殊化した送粉様式が卓越していることが知られるが、このように同昆虫による特異的な送粉が示された例は世界でも初めてのこととする。
タマバエは昆虫で最も種数の多いグループの1つに属しており、その大半がさまざまな植物に虫こぶを形成することから、同昆虫と植物の間にはとても深い関係があることが推測されるという。しかし、送粉者としてタマバエを利用する植物はあまり報告されておらず、今回の発表が11科目の報告例とのこと。同昆虫の送粉者としての生態を理解する上でも、今回の研究成果は貴重な事例であるといえるとした。
また、ヨウラクランがどのようにしてタマバエを誘引しているのかについては、今回の研究ではわからなかったといい、同昆虫の体色にも似たオレンジの花色や、花から発せられる独特な匂いが誘引に寄与しているのか、花から蜜などの報酬は出ているのかなどを調べることが、この特殊な送粉生態を理解する上で重要としている。
ラン科では、擬態により送粉者を誘引する例も数多く存在する。ヨウラクランに訪れたタマバエのほとんどが同一形態種の雌だったことから、同昆虫の雌が本来誘引される何かに同植物の花が擬態している可能性が考えられるといい、送粉者である同昆虫の生活史も踏まえた上で調査を続ければ、さらなる新発見につながるかも知れないとのことだ。
長いラン科の送粉研究史の中で、双翅目昆虫に送粉される小型のランの研究は遅れており、双翅目昆虫がランの花の進化に与える寄与も過小評価されてきた。研究チームは今後も微小なランの送粉様式の解明を進めていくことで、送粉者への適応によるラン科の花の多様性の理解がより一層深まることが期待されるとしている。