東北大学 学際科学フロンティア研究所(東北大学際研)とElevationSpaceは3月26日、高い安全性と低コストを両立するハイブリッドスラスタの実現に向けた共同研究において、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の協力のもと2023年10月~2024年2月にかけて実施された、実機に近い試験モデルによる燃焼試験に成功したことを発表した。

  • 東北大学際研とElevationSpaceは、ハイブリッドスラスタの実機に近い試験モデルによる燃焼試験に成功した

    東北大学際研とElevationSpaceによる共同研究チームは、ハイブリッドスラスタの実機に近い試験モデルによる燃焼試験に成功した(出所:ElevationSpace)

需要拡大が見込まれる小型衛星用ハイブリッドスラスタを開発中

昨今はリモートセンシングや衛星通信などを目的とした小型衛星の需要が高まっており、今後は衛星コンステレーションの構築を目指した小型衛星の打ち上げが急増することが見込まれている。

その結果、衛星の打ち上げ機会確保やコスト軽減のため、主衛星打ち上げロケットの空いているスペースに相乗りする「ピギーバック方式」での打ち上げが増加すると予想され、ロケットから軌道に投入された後、小型衛星自身が望まれる軌道高度へと自力でたどり着くためにスラスタ(推進装置)を持つ必要性が高まっているという。

また、運用を終了した人工衛星などが軌道上に放置されることで“スペースデブリ”となる問題も深刻化しており、運用中の衛星がスペースデブリと衝突しないよう回避する能力が必要とされる。加えて、アメリカの連邦通信委員会(FCC)が、任務終了後に衛星が燃え尽きる軌道へと移るまでの期間を25年以内から5年以内に変更することを発表しており、衛星自身が運用終了後に自ら速やかに軌道を離脱する性能を持つことが求められている。

しかし、衛星質量が500kgを下回るような小型~超小型衛星は従来、運用期間の短さ、衛星自体の設計寿命の短さなどの理由からスラスタが搭載されていないことが多く、搭載されていたとしても姿勢制御や軌道の微修正といった低推力のスラスタ能力しか持たないケースが多かったとのことだ。

これまでの小型衛星用スラスタは、数ニュートン級の推力しか持たないものが一般的であり、軌道の移動や離脱に必要とされる数百ニュートン級の推力を実現することはできない。さらに、燃料として用いられることの多いヒドラジンは毒性が高く、管理や取り扱いにかかるコストが高いため、小型衛星開発を行うスタートアップ企業が利用するには安全性・経済性の両面でハードルが高く、実用が難しいとする。

こうした背景を受け、東北大学際研とElevationSpaceは、安全性と経済性を維持しながら高い推力を実現する小型衛星用スラスタの実用化に向け、共同研究を行っている。

マルチポート方式での長時間燃焼試験に成功

両者が開発を進めるハイブリッドスラスタは、固体燃料と気体/液体酸化剤を用いたもので、毒性の高い物質を使用しないため取り扱いにかかる危険が小さく、他の化学スラスタと比較しても安全性が高いのが特徴だという。また固体スラスタでは実現できない推力制御や再着火も可能であるため、月以遠の深宇宙探査といった長期ミッションにも利用可能という利点があるとする。

このハイブリッドスラスタの研究開発においては、2023年3月に真空環境下での着火試験の成功が、同年8月には大気環境下での長時間燃焼試験の目標達成が発表されており、各種データを取得してきたとのこと。そして今回は、燃焼室の内部をより実機に近い試験モデルとした中で燃焼試験を行うとともに、同試験モデルに合わせて高精度な推力計測システムを構築したことで、信頼性・再現性のある推力データの取得に成功したとしている。

  • ハイブリッドスラスタ燃焼試験の様子

    ハイブリッドスラスタ燃焼試験の様子(出所:ElevationSpace)

さらに、前回試験時には、燃料に酸化剤を流すための穴(ポート)が1つのモデルを使用したのに対し、今回はより大型で、実機と同様の複数の穴(マルチポート)を用いて、大気環境下での長時間燃焼試験を実施。同試験において、軌道離脱に必要となる長時間燃焼に成功し、これまで例の少ないマルチポートでの推力計測に成功したとする。

2025年打ち上げ予定の小型衛星での実用化を目指す

東北大学際研とElevationSpaceは今後、ここまで得られた各種試験の結果を受けてエンジニアリングモデル設計の詳細化を進めるとのこと。さらに実機に近い状態での燃焼試験を複数回行うことで、最終的なフライトモデルの設計・製造を進めていく計画だといい、ElevationSpaceが2025年に打ち上げを予定する無人小型衛星での実用化を目指すという。

また両者は、ハイブリッドスラスタについて、高い需要が見込まれる小型衛星市場に加え、月以遠への高頻度な宇宙探査実現にも寄与する技術だと考え、日本の宇宙産業市場の拡大や宇宙開発領域における国際競争力向上のため、研究開発を加速していくとしている。