近畿大学(近大)、産業技術総合研究所(産総研)、愛知県警察本部科学捜査研究所、名古屋市衛生研究所、金城学院大学の5者は3月22日、煩雑な試料調製や専門性の高い装置の操作などが一切不要で、尿試料からたった3分で直接40種類の薬物を分析できる新手法「RaDPi-U(ラドパイ-ユー)」を開発したことを共同で発表した。
同成果は、近大 生物理工学部 生命情報工学科の財津桂教授(研究当時)、愛知県警察本部科学捜査研究所の久恒一晃主任研究員、産総研の井口亮主任研究員、名古屋市衛生研究所の谷口賢研究員、金城学院大 生活環境学部の浅野友美講師らの共同研究チームによるもの。詳細は、生物分析測定科学に関する全般を扱う学術誌「Analytical and Bioanalytical Chemistry」に掲載された。
分析技術の進んだ現在においても、覚醒剤や麻薬などの規制薬物の接種者が、どのような薬物を摂取したのかを正確に特定することは容易ではないという。現在、一般的なのは、採取が容易な「尿」を用いて、抗体抗原反応を利用し分析する薬物スクリーニング法の「イムノアッセイ法」。簡易的なキットを用いることで誰でも検査を行えるものの、似た化学構造を持つ薬物群の推定しかできず、正確に特定できないことや、交差反応による偽陽性(誤判定)が生じやすいことが課題とのこと。
また、尿試料に含まれている薬物の同定を正確に行える「質量分析法」もあるが、こちらは高度な専門性が必要で、煩雑な試料調製に加えて分析に時間を要するという課題がある。薬物の摂取者は本人ですらどのような成分の薬物を摂取したのかわかっていないことも多く、さらに急性中毒で本人が応答できないケースも多々あり、迅速かつ正確に薬物を同定しないと生命に関わる場合もあるという。
そうした中、これまで、「探針エレクトロスプレーイオン化タンデム質量分析法」(PESI/MS/MS)を用いて、さまざまな研究を進めてきたのが研究チームだ。同分析法は、先端直径700ナノメートルの微細針を用いて、動物の生体試料から直接試料の採取と質量分析を行える技術であり、今回の研究では同分析法を用いて、イムノアッセイ法のように簡便で短時間で分析でき、同時に質量分析法のように正確な薬物の特定能力を持つ新たな薬物スクリーニング法を開発することにしたという。
そして、規制薬物である覚醒剤やコカイン(麻薬)に加え、ベンゾジアゼピン系睡眠薬や向精神薬などを中心に、薬物犯罪捜査において最も重要とされる40種類の薬物を直接分析する手法の開発に成功。「RaDPi-U」と命名された。
RaDPi-Uによる分析はとても容易で、まず、尿試料10マイクロLに内部標準溶液(ジアゼパム-d5)および少量のエタノールを添加して1分間攪拌。その後、専用のサンプルプレートに試料を入れ、PESI/MS/MSの開始ボタンを押すのみ。質量分析に「Scheduled-SRM法」が採用されており、それにより多成分を一斉に分析でき、40種類の薬物の質量分析をわずか1分半で完了できるという。ガスクロマトグラフィー質量分析(GC/MS)や液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC/MS/MS)などのよく知られた質量分析法が、多成分の分析に少なくとも20分程度の時間を要することを考えると、極めて短時間である。
またRaDPi-Uでは、対象となる40種類の薬物が尿試料に含まれていた場合、「内部標準法」により、薬物濃度も同時に算出することが可能だという。内部標準法は、準備した内部標準物質を尿試料に一定量加え、内部標準物質と対象成分の検出強度の比を用いて検量線を作成して薬物濃度を計測する手法。また各薬物についての正確な濃度計測が可能なことは、内部標準法で作成した検量線が薬物の濃度を正確に測定できるかを検証する「分析法バリデーション」によって確認済みとした。
次に、RaDPi-Uの分析性能を確かめるため、実際の尿検体3例に関する分析が行われた。検体1の尿試料からは、向精神薬リスペリドン(尿中濃度:143ng/mL)と鎮咳薬ジヒドロコデイン(尿中濃度:101ng/mL)、検体2の尿試料からは抗ヒスタミン薬ジフェンヒドラミン(尿中濃度:215ng/mL)、検体3の尿試料からは鎮咳薬ジヒドロコデイン(尿中濃度:316ng/mL)と睡眠薬ゾピクロン(尿中濃度:186ng/mL)が検出され、実検体から薬物を簡便かつ迅速に検出できることが示されたとする。
RaDPi-Uは、煩雑な試料調製を必要とせず、極めてユーザビリティの高い分析法であることに加え、質量分析に不慣れな人であっても分析結果を容易に得ることが可能。よって今後、薬物犯罪捜査や薬物中毒における薬物分析に大きく貢献できる技術といえるとしている。