「変化しなければ生きていけないという危機感があった」─井上氏はこう話す。リースを祖業にしながら、銀行や保険、自動車、さらには水族館まで事業領域を広げてきたオリックス。それだけに「わかりにくい」という市場からの声を受けて今、事業部門への権限委譲を進めている。「金利が付く時代」も控える中、新しい会社の形をどう考えていくか─。
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金融会社ではないオリックスに
─ オリックスはリースを祖業に様々な事業を手掛けてきたわけですが、創業から60年が経ち、規模も拡大しましたね。
井上 我々が成長できた理由は事業面でコアがなかったからです。リースに固執しなかったのがよかったのだと思います。
─ 変化対応を続けてきたということですね。
井上 変化しなければ生きていけないという危機感があったのです。1989年にオリエント・リースからオリックスに社名変更する時、宮内(義彦・当時社長、現シニア・チェアマン)は「リースの時代は終わった。社名からリースを外して違う名前にしたい」と言っていました。前年に阪急ブレーブス(現オリックス・バファローズ)を買収した時でしたが、非常にいいタイミングでしたね。
社名変更当時はオリエント・リースに愛着のある社員も多かったので、新しい社名に戸惑う人間もいましたが、社名を変えて大正解だったと思いますね。
─ 事業領域が広く「オリックスって何の会社?」と聞かれることも多いようですね。
井上 ええ。そのことは株価にも影響していると思います。そこで今、各事業を見やすくしていますが、現実にはなかなか難しい。
例えば総合商社は、当社以上に複雑な事業領域で仕事をされていますが、市場からの評価は高い。それは以前、格付け機関などに事業内容をプレゼンテーションして、「総合商社」というカテゴリーを確立したからという話を聞いたことがあります。ですから幅広い事業を手掛けていても、誰もわかりづらいとは言いません。
一方、オリックスは未だに「リース会社」として括られていますから「リース会社なのに幅広い事業を手掛けていてわかりづらい」と見られてしまう。
また、金融機関特有の規制に影響されている面もあります。そして当社をカバーしているアナリストの9割以上が金融セクターのアナリストですから、どうしても「金融会社」として見られてしまうのです。
─ 時流や会社の実態に合っていないわけですね。トップとしてどう持っていきますか。
井上 私はCEO(最高経営責任者)に就任して10年になります。当初から格付機関や投資家に対して「我々はもう金融の会社ではありません」と説明し続けてきましたが、反応が薄かったのが現実でした。
一方で、社名のオリックスは浸透しており、何でもできる会社だと見てもらえているのは、非常に良いことだと思います。
現実に難しいのは理解しつつ、会社の仕組みとして一番理想的なのは、オリックスをホールディングカンパニーにして、個社を上場させる形です。例えばオリックス自動車が上場すると、日本最大のオペレーティングリース会社として、おそらく高い評価が見込めます。今はグループの中の一つの事業となっていることで価値がディスカウントされていると思います。
─ コングロマリット・ディスカウントがあるということですね。今後、現実にホールディングス化を志向していく?
井上 いえ、あくまでも理想として考えています。今は会社を分社化していませんが、実質的なカンパニー制になりつつあります。逆に分社化すると、各社にバックオフィス機能などを持たせる必要があるなど、かなりの費用も必要となるでしょう。そこで、今の会社の形態のままで、ホールディングスカンパニー的になっているのが最もいいのではないかと思います。実際、すでに権限その他は各事業部門に委譲しており、私のところに来るのは相当大きな案件しかありません。
─ 東芝の再建に向けて、2000億円を拠出していますね。改めてこの狙いについて聞かせて下さい。
井上 日本産業パートナーズ(JIP)の買収目的会社に1000億円出資、劣後債を1000億円拠出しています。
当社として、大きなカーブアウト案件を手掛ける可能性を探っていたところ、JIPの方々と「この会社をよくしよう」という方向性が合ったことが大きかったですね。
会社そのものは魅力があると思いますし、今後の事業再構築や、半導体市況の回復に期待したいと思います。
日米の金利動向をどう見るか?
─ 地政学リスク、自然災害など、先行きが混沌とする中、2024年は時代の転換期になるとも見られています。今後をどう見通していますか。
井上 私は24年を保守的に見ています。日本でも金利が上がるという話がある一方、アメリカでは金利が下がるかもしれないとも言われています。
ただ、日本で金利が上がるといっても、せいぜい1%でしょう。アメリカを見ても、お金が溢れている状況で金利を下げたらインフレが再発しますから、そう簡単に金利が下がるとも思っていません。
アメリカの金利は下がればOK、しかし、下がらない前提で考えなければいけないだろうと。そして日本は金利が上がったら利払い費など国債が大変ですから、そう簡単には上がらないと思います。
日本は金利を上げなくてはいけません。しかし本来、この20~30年で財務リストラをしなければならなかったわけですが、何もよくなりませんでした。この状態では、なかなか金利を上げることは難しい。
─ 日本で金利が上がった場合、どんな影響が出ますか。
井上 金利がつかない中では調達コストが安いですから、様々な投資ができました。一方、金利が付いてくると調達コストは上がるものの、オリックス生命やオリックス銀行など金融事業にとってはプラスです。そのバランスを見ながら、事業を進めていくことになります。
─ 財政の部分は政治の役割だと思いますが、なかなか本質論議ができていません。
井上 欧米でも日本でも、資本主義のあり方が議論されていますが、フリーマーケットが資本主義です。これは日本の課題ですが、いわゆる「ゾンビ企業」が多い。本来マーケットで粛々と調整しなければならないところ、それが機能していません。
ですから我々はこれまで、マーケットの外で利益を上げることを目指してきました。プライベート・エクイティ(PE、未公開株)で投資し、上場するか、売却するかという判断をしてきたのです。
日本産業パートナーズ(JIP)への出資も上場を廃止するということで手掛けたものです。もし、上場を維持した形であれば、おそらく我々は投資をしなかっただろうと。
─ 上場株に投資しない理由は?
井上 株というのは思い通りにならないからです。PEは収益を上げれば、それを直接取り込むことができますし、株価がありませんからフェアバリュー(適正価格)の影響を受けないのです。
─ その意味で金利は事業の動向を左右しますね。
井上 ええ。私が入社した頃は、リース料が15%でした。調達金利が10%でしたから、利ざやを5%ほど取ることができました。それが今は利ざやで0.25~0.5%しか取れません。
それを件数でカバーしようとしても、例えば100件手掛けて、1件でも倒産したら利益が飛んでしまいます。ですから、我々は金融以外のことをやるしかないということで、事業領域を広げてきたわけです。
─ 同じ形態の会社は世界にもないと言っていいですか。
井上 基本的には、我々は他社を参考にしたことはありません。基本的な姿勢として、大手のファンドなどが出てこないような、企業価値1000億円規模の領域を狙っています。
若手時代に経験したこと
─ 今、オリックスの社員は国内外合わせて約3万5000人ですが、井上さんが入社した当時はどのくらいでしたか。
井上 約400人でした。そのうち一般職が200人でしたから、私の先輩は200人でした。「これなら意外と出世が早いかもしれない」と思っていましたが、中途採用でどんどん人が増えて、気がついたら2、3年で1000人になっていました。これでは一生出世は無理だなと思いましたね(笑)。
─ 会社が急成長したわけが仕事は面白かったですか。
井上 ええ。若手にもいろいろなことをやらせてくれましたから、勉強になりました。その意味では今の若手社員と比べて恵まれているかもしれません。
例えば、私は新人の時に船舶事業に配属されました。当時は海運不況の真っただ中の大変危機的な状況だったので、22~23歳の若手ながら、私の仕事の多くは船舶の差し押さえでした。
─ いろいろ大変なことはあったと思いますが、やり甲斐はあったと。
井上 その時はとにかくやるしかないという感じで、やり甲斐を考えたことはなかったですね。お客様のところに行って「また来たのか。お前の顔なんか見たくない」と言われても、「そう言わずに、ちょっとお願いしますよ」と何とか飛び込むうちに、営業を覚えることができたのかもしれません。
なぜ今「パーパス」が必要だったのか
─ 近年は雇用の流動性という言葉も出て、すぐに転職する人も増えていますが、これをどう考えますか。
井上 私はいいと思います。今、入社してくる若手は自分のキャリアアップを考えており、オリックスに長くいるという考えはありません。私はそれが正常だと思います。
私は以前から、会社と社員の関係はギブ&テイクだと思っています。社員は会社に貢献する、会社はそれに対して給与をきちんと支払うという関係が大事です。
─ 伸びている社員はどんなタイプですか。
井上 基本的には、自分の意見を持っている人です。ですから私は「井上の言っていることはおかしい」と言ってくるくらいの生意気な人間ほど好きですね。今の幹部にはそういう素養のある人間がいますが、若手クラスでも、そうした人間に育って欲しいと思っています。
そして大事なのは人柄です。良しあしが判断でき、自分のためではなく会社のためにやるんだという意識が必要です。
─ 23年11月に「ORIX Group Purpose & Culture」を導入しましたが、この狙いは?
井上 2000年頃から、企業行動憲章として「EC21」を掲げてきましたが、これは日本人がつくったものでした。今は国内だけでなく海外のグループ会社も増えましたが、彼らがオリックスグループにいることのメリット、意義を考える機会が少なくなっているなという問題意識を持っていました。
そんな時、19年にソニーグループさんがパーパスを導入したわけですが、我々もやるべきだと考え、タスクチームを設けて1年半ほどかけて検討してきました。その時、次世代を担う人たちで議論すべきだと考えて、私は関与しませんでした。
日本語を英訳する時も、海外のグループ社員に見てもらって、意味合いを捉えたものにしました。最終的に、私自身もいいなと思ったものが採用され、よかったなと思っています。あとは、このパーパスを役員含め国内外の社員にどのように浸透させていくのかが重要です。
─ 混沌とした時代ですが、基本軸が大事になりますね。
井上 「フォア・ザ・カンパニー」という考え方は、昔と違って薄くなっているのは事実ですが、私はそれで構わないと思っています。先程申し上げたギブ&テイクでいいじゃないかと。そして、辞めた人間が「やっぱりオリックスがいい」と言って戻ってきたら、喜んで受け入れようというのが私の考えです。