ミライロ社長・垣内俊哉「障害者の就労拡大へ、企業、個人双方に課題がある中、意識ある企業は動き出している」

日本に965万人の障害者がいる中、働いているのは60万人という現状─。この理由について、ミライロ社長の垣内氏は「企業と障害者との間のミスマッチが大きい」と指摘する。だが、障害者など多様な人が履きやすい靴下を開発したナイガイ、雇用拡大に向けた情報発信を進める中西金属工業、障害者を整備士として雇用した京阪バスなど、共生社会の実現に向けた企業の取り組みは始まっている。その現状は─。

「ミライロID」のユーザーが30万人突破

 ─ 垣内さんは、障害者の方々の環境改善、バリアフリーの向上などに取り組んでいますが、今の状況は?

 垣内 以前から課題となっていた、障害者のウェブ上のバリアフリー「ウェブアクセシビリティ」の問題は、引き続き課題です。例えば、アクセシビリティが整備されていないことで、オンラインストアで決済ができないというような、障害者からの声も寄せられます。

 ─ 今やウェブ上での購買は主流になっていますから、大きな課題ですね。

 垣内 ええ。実は2023年12月に当社が運営するデジタル障害者手帳「ミライロID」のユーザー数が30万人を突破しました。そして24年1月9日には新たにオンラインショップ「ミライロストア」をオープンしています。

 ─ ミライロストアはどういう仕組みになっていますか。

 垣内 多くの企業が自社のECサイトを持っておられますが、このサイトのバリアフリーを完璧なものにしようと思うと、時間もお金もかかってしまいます。

 そこで、様々な事業会社のご協力の下、他のオンラインショップでは販売されていない、障害者を対象とした商品を流通させたり、ミライロストア限定の障害者割引を設けたりしています。これによって、障害者が求める商品をお届けできますし、企業としてはSDGs(持続可能な開発目標)にも寄与できるという形になっています。

 また、ミライロストアでは外食のロイヤルグループが展開するオンラインストア「ロイヤルデリ」の冷凍食品を提供する予定ですが、なぜこれが必要なのかというと、障害者は誰もがロイヤルホストなど、外に食事に行けるかというと、行けない人もいます。

 冷凍食品ならば、家でロイヤルホストのメニューを食べることができると。こういった形で、より多くの方々に自社の商品をお届けしたいという、我々の思いに共感いただける企業がミライロストアに出店したいということで集まって下さっています。

 ─ 参加したいという企業は増えているわけですね。

 垣内 そうです。これまではSDGsが謳っているように「誰1人取り残さない社会」と各社が言っていても、どうしてもホワイトウォッシュ(上辺だけ)になっていたケースも多かったのです。

 取り組みを本物にしていくために、ミライロストアに出店して、障害者からフィードバックをもらえれば、また新しい事業につなげていくことができると思います。

 例えばモノづくりの世界では、アパレルメーカーのナイガイが障害者など多様な人にとって履きやすい靴下「みんなのくつした」を開発し、販売しています。

 ─ この靴下にはどういう工夫があるんですか。

 垣内 例えば家族全員の物を一緒に洗濯すると、目が見えない方は、そもそも、どれが自分の靴下かわからないわけです。それが「みんなのくつした」は触ってわかるサイズ印をつま先に編み込んでおり、手でわかるようにするという配慮がされています。

 また、私自身もそうなのですが、車椅子にずっと座っているため、血流が悪くなって足がむくんできます。靴下の締め付けが足先に悪影響を及ぼすわけですが、「みんなのくつした」は締め付けを緩和しながらもずり落ちてこないという性能を実現しています。1足の値段は決して安くありませんが、障害者の方々にも評判になっており、売れています。

 このアパレル分野で、障害者にとって使いやすい製品をつくっていただいたというのは非常にいい例だと思います。ただ、いい製品をつくったとしても、課題はどう流通させて、その製品を望む人に届けるかです。この「みんなのくつした」は、自社のサイトに加え、ミライロストアでも販売しています。

 ─ かつて、誰もが使いやすい製品を打ち出す「ユニバーサルデザイン」が言われた時期がありましたが現状は?

 垣内 確かに2000年代の初頭、ユニバーサルデザインが流行しましたが、それ以降は下火になってしまいました。注目されたのはいいことですし、多くの企業が取り組みましたが、今となってはCSRレポートの片隅に掲載されるくらいの取り組みで終わっている。なぜかというと、製品が売れず、企業が儲からなかったからです。

 ─ なぜ売れなかったと考えていますか。

 垣内 第1に流通する場所がなかったこと、第2にきちんとしたマーケティングができておらず、フィードバックを受けられていなかったことです。

 このマーケティングの観点で言えば、「障害者に優しい商品」と謳っていても、どれだけの人に聞いたんですか? と聞くと

障害者5人、10人程度と回答されることが多いです。これでは、製品が売れるわけがありません。

 例えば、車椅子ユーザーにとって使いやすい製品をつくるのであれば、100人、1000人に聞かなければつくることができません。ただ、かつてと違い、意識を持った企業が動き出していますし、ミライロストアを活用すれば、今後適切なフィードバックを受けることができるようになります。

コロナ禍によって精神障害者が増加

 ─ 日本では足元で、障害者は何人おられるんですか。

 垣内 今、国の方で明確に出している数字は965万人です。ただ24年4月以降、この数字はアップデートされる予定です。

 顕著なのは精神障害者の増加です。この3年で1.5倍にまで膨れています。なぜ、ここまで増えたかというと、コロナ禍によってリモートワークなどが増加したことで、若い方を中心にして心を病んでしまうケースが増えているのです。

 精神障害者の増加に伴って、企業との係争、民事訴訟も増加しています。様々な企業が、障害者雇用にまつわるトラブルに見舞われているのです。

 ─ この原因をどう見ていますか。

 垣内 各企業の現場の人が理解をしていないからです。障害者雇用の担当者は理解していても、いざ配属されると現場が理解していないことで揉め事が起きるのです。

 この状況を何とかしようとする企業は増えてきています。例えばダイハツ工業さんは本社から工場勤務の方に到るまで障害者や高齢者への向き合い方やサポート方法をお伝えする「ユニバーサルマナー検定」を受けて、行動と意識を変えようとしています。

 全員が取り組まなければ、障害者の離職率低下は実現できないということを意識する企業が増えてきているのです。民事訴訟が増加する中、この状況を必要以上にネガティブに捉えて「面倒くさいから罰金を払っておけばいいだろう」という企業が増えていかないように、今後は、いい事例を広げていくことが大事だと思っています。

障害者法定雇用率が段階的に引き上げ

 ─ 今後、障害者の働き方において、課題になりそうな問題はありますか。

 垣内 1つは障害者法定雇用率の引き上げです。現行、民間企業での法定雇用率は2.3%とされていますが、24年4月から2.5%、26年7月から2.7%と、段階的に引き上げられることが決まっています。

 今はどの企業も、一定数雇用はしているものの、多くがギリギリのラインです。それがいきなり2.5%、2.7%ですから、企業の対応は大変だろうと私も思います。

 どこかでドライブを踏まないと雇用は進まなかったとは思いますが、このままではどの企業も罰金や企業名の公開という事態になってしまう。しかも今、外資系企業が障害者を「持って行っている」状況です。

 ─ これはどういうことですか。

 垣内 先日、グーグル日本法人の渋谷オフィスを見学させてもらいましたが、バリアフリーが完璧でした。例えば、カードをタッチする必要のある場所が全て低い位置になっていることに加え、各フロアに多機能バリアフリートイレがあり、併設されたジムは車椅子での利用が可能、さらにはオフィスには点字ブロックが設置されており、社食ではアシスタントが障害者をサポートしてくれます。

 このような至れり尽くせりの外資がある一方、日本企業の対応はそこまで至っていませんから、障害者は外資に就職するケースが多いのです。

 なぜ、外資がこれだけの対応をしているかと言えば、米国では「ADA(障害を持つアメリカ人法)」という法律の存在が大きいのです。米国企業はこの法律によって障害者への公的義務を課されていますから意識が高い。日本とは歴史が違います。

 ですから、東証プライム市場に上場していても、障害者雇用、特に身体障害者を採用するのが難しいという日本企業は多いのです。

 ─ この課題を解決するために必要なことは?

 垣内 今後、専門の部署を設けた上で、会社全体として最低限、浅くてもいいので知識を得ていくことです。学んでいく姿勢がなければ、やはりミスマッチは起きますし、場合によっては裁判になることもある。

 多様性、共生社会の実現という大義はもちろんですが、企業のイメージを毀損させず、守っていくためにも、障害者に関する教育、研修はしていかなければならないと思います。

 ─ 先程、日本には障害者が965万人いるということでしたが、そのうち働いている人は何人いますか。

 垣内 現状は60万人です。この60万人しか働いていないというのは、どう考えても歪です。これは障害者の就労意欲が低いことがあげられます。その理由は、お金を使える場所がないからということに行き着きます。

 要は、車椅子で入ることができる飲食店、旅行に行きたいと思える場所、ユーザーフレンドリーな小売店がどれだけあるかといえば少ない。障害者がお金を使いたいと思える社会にしないことには、彼らが頑張って学ぼう、働こうという意識になるはずがないのです。

 ですからユニバーサルマナーを様々な店舗に広げていくのはもちろんのこと、障害者が買いたいと思える商品を増やし、外に出られなくても手軽に購入ができる環境を整えることで、消費を喚起する状況にしていきたい。

中西金属工業、京阪バスの実践

 ─ 企業、障害者、それぞれの意識を変える必要があると。

 垣内 そうです。今、障害者が会社を辞める原因はミスマッチです。入社する会社が障害者のためにどこまで、何ができるかがわからないので、入ってから問題が起きて辞めてしまう。

 その中で大阪の中西金属工業さんは「法定雇用率は3%、4%を達成して然るべき」として活動しておられます。何をしたかというと、例えば「工場の食堂は車椅子では上がれません」といった情報を全て、ウェブサイトで出しているんです。

「ここまで寄り添ってくれるのか」と感じて志望する人が増えますし、無理だと思う人は志望しませんから、ミスマッチも防ぐことができます。

 大事なのは完璧な状態にしてから受け入れるのではなく、できていることも、できていないことも発信することです。中西金属工業さんの取り組みは大きな一歩です。

 ─ 共感の輪が広がっているのはありがたいですね。

 垣内 そうなんです。私の講演を聞いて下さった方々が新たに行動を起こして、他の業界にも広がっているのは嬉しいことです。中には手が不自由な方がバスの整備士を志望したことがあったそうですが、どこも門前払いだったと。それが私の講演を聞いていた京阪バスさんが期待をかけて採用された。

 すると、その整備士の方は高いパフォーマンスを発揮して、自動車整備の分野でも、身体障害のある方が働けることを証明したのです。

 このように1人でも多くの方がチャレンジできる環境づくりに、今後も取り組んでいきます。