東北大学とAZUL Energyの両者は3月19日、燃料電池と金属空気電池の一種である「マグネシウム空気電池」を、環境負荷の高い重金属やプラスチックをほとんど使わず、独自の安全な電極触媒と紙をベースに作製し、電解液も塩水とすることで、ウェアラブルデバイスを駆動するのに十分な1.8Vの電圧、100mW/cm2以上の出力、968.2Wh/kg(Mg)の容量を有する、実用的な性能を持った「金属空気紙電池」の開発に成功したことを共同で発表した。

同成果は、東北大 材料科学高等研究所の藪浩教授/主任研究者(同・研究所 水素科学GXオープンイノベーションセンター副センター長兼任)、電力中央研究所の小野新平上席研究員に加え、AZUL Energyなどの研究者も参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、英国王立化学会が刊行する界面と表面に関する全般を扱う学術誌「RSC Applied Interfaces」に掲載された。

  • 金属空気紙電池の模式図と性能

    (左)金属空気紙電池の模式図と性能。(右上)さまざまなウェアラブルデバイスへの実装。(右下)今回用いられた正極触媒の作製方法(出所:東北大プレスリリースPDF)

これまでの一般的な電池では、環境負荷が高く資源量に制限のあるさまざまな重金属、プラスチックが材料として多用されてきた。たとえばリチウムイオン電池(LIB)は、リチウムやコバルトなどの希少な金属を使用しているため、資源的な制約の問題を抱えている。LIBよりも高容量な燃料電池においても、白金などを使用しているため、同様の問題がある。このような状況から、次世代電池では、高出力・高容量なだけでなく、極力埋蔵量が豊富で産出国が偏っていない資源を利用し、なおかつ環境負荷が低いことも求められている。

  • 金属空気紙電池の出力特性と放電特性

    金属空気紙電池の出力特性(左)と放電特性(右)(出所:東北大プレスリリースPDF)

亜鉛やマグネシウムなどの溶けやすい金属を負極とした金属空気電池は燃料電池の一種であり、LIBよりも3倍以上の重量エネルギー密度を持つことから、次世代電池として期待されている。金属空気電池をより低環境負荷で使いやすくするため、紙の表面に正極を形成し、反対側に亜鉛負極を配置することで、電解液をトリガーに発電する低環境負荷な金属空気紙電池はこれまでも報告されていた。しかし、有害なアルカリ性の電解液が必要だったり、塩水を使った場合は出力がマイクロW/cm2レベルしかなく、実用的なデバイスを駆動するにはほど遠かったという。

金属空気紙電池の性能を左右する要因には、以下の3つがある。

  1. 正極の酸素還元反応(ORR)の効率化
  2. 正極-負極間の電圧を高く取れる金属負極の使用
  3. 電池セルの抵抗の低減

研究チームは、(1)の課題を解決できるORR触媒の一種として、これまでの研究で青色顔料として知られる金属の「アザフタロシアニン」を炭素に担持した「AZUL触媒」を開発済み。同触媒は一般的なORR触媒とは異なり、白金や酸化マンガンなどの貴金属や重金属を用いておらず、変異原性を評価するAmes試験やヒメマス急性毒性試験などをクリアした安全な触媒であることを確認済みだという。

研究チームはさらに、セルの構成により(2)・(3)を克服できれば、高性能で低環境負荷、安全な金属空気紙電池を実現できるのではないかと考察したとする。そこで今回の研究では、ろ紙などの紙に正極触媒をコートし、負極に高い電圧と環境への負荷が小さいマグネシウムを用いて集電体で挟むことで、金属空気紙電池を作製することにしたという。

  • 金属空気紙電池によるSpO2計の駆動と酸素飽和度・脈拍のリモートモニタリングン

    金属空気紙電池によるSpO2計の駆動と酸素飽和度・脈拍のリモートモニタリング(出所:東北大プレスリリースPDF)

作製された金属空気電池に対し、塩水を電解液とし、セルの電流-電圧特性および電流-出力性能の評価が行われた。その結果、紙の密度が高いとセルの出力が低く、逆に紙の密度が低いと出力が高いことが判明した。そして紙の密度の最適化が行われ、開放電圧1.8V、出力103mW/cm2、容量968.2Wh/kg(Mg)が達成されたという。

また、セルロースナノファイバーを導電助剤として正極に混合することで、集電体を使わず、直接デバイスと接続できる金属空気紙電池も作製可能なことも確認された。

続いて、作製された金属空気紙電池の社会実装を目指して2つの実証実験が行われた。まず、ウェアラブルかつリモートでの常時モニタリング可能な血中酸素濃度のSpO2計の電源として用いられた。すると、生体内の酸素濃度をリモートでモニタリングすることに成功したという。

次に、金属空気紙電池が塩水をトリガーにして発電することを利用し、溺れた際に救助者の位置を特定するGPSセンサを搭載したスマートライフジャケットに組み込まれた。電源部を塩水で濡らしたところ、GPSセンサのシグナルからGoogle Earth上で位置を特定できたとした。

  • 金属空気紙電池によるスマートライフジャケットに装備したGPSセンサの駆動とGPS情報のリモートセンシング

    金属空気紙電池によるスマートライフジャケットに装備したGPSセンサの駆動とGPS情報のリモートセンシング(出所:東北大プレスリリースPDF)

今回の金属空気紙電池は、万が一環境に廃棄されても環境負荷が低く、安全で高性能な電池の設計指針を与えるという点で、学術的な意義があるとする。また、身近な塩水などを使って発電できることから、緊急時の電源としても有用とした。今後、社会が要請するさまざまなデバイスの電源として活用できることが期待されるとしている。