大阪公立大学(大阪公大)、大阪大学(阪大)、東海大学の3者は3月19日、青アザや茶アザ、老化によってできるシミなどの「色素性病変」の治療において臨床現場で使用されているピコ秒レーザーについて、波長ごとのレーザー照射指標を初めて開発したことを共同で発表した。

また、これまでの臨床研究との比較を行い、合併症の発生率が低く、高い有効性を示した臨床結果は、今回の指標を根拠にして説明できることを確認したことも併せて発表された。

同成果は、大阪公大大学院 医学研究科 皮膚病態学の下条裕ポスドク研究員、同・小澤俊幸特任教授、同・鶴田大輔教授、大阪大学大学院 工学研究科の西村隆宏助教、東海大学 医学部 外科学系形成外科の河野太郎教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国レーザー医学会が刊行する医学/生物学でのレーザーの使用に関する全般を扱う学術誌「Lasers in Surgery and Medicine」に掲載された。

  • 今回の研究の概要

    今回の研究の概要(出所:大阪公大プレスリリースPDF)

青アザや茶アザ、老化によってできるシミなどは、メラニン色素を合成・貯蔵する細胞小器官である「メラノソーム」が皮膚組織の一部で異常増殖し、メラニン色素が過剰に沈着してしまう症状のことで、色素性病変と呼ばれている。同病変の治療においてピコ秒レーザーは、シミやアザを狙い撃つこと、つまりメラノソームを選択的に破壊できることから注目されている。

ピコ秒とは1兆分の1秒のことで、同レーザーは、そのような極めて短い時間オーダーのパルス幅(レーザーが1回発振される照射時間の長さ)のレーザーのことをいう。パワー密度が高いため、周辺組織への熱拡散を抑えて、メラノソームに効率良く光吸収させることが可能。同レーザーはこれまで、炎症後色素沈着などの合併症が少ない治療方法であることが報告されているが、照射時間や強さなど、照射条件を設定する際の目安となる指標(エンドポイント)を客観的に定める方法がなかったという。

合併症を抑えた治療を行うには、照射条件を設定する際に、標的に必要十分なエネルギーを与えることと、標的に届くまでに皮膚組織が光を吸収・散乱してしまうことの2点を考慮する必要があるとする。研究チームは2021年に、波長755nmのピコ秒レーザーによるメラノソームの破壊閾値を報告済みであるが、破壊閾値における波長依存性は不明であり、臨床で利用されているほかの波長(532、730、785、1064nm)において、照射条件を設定するための数値指標がなかったという。

そこで今回の研究では、ヒト皮膚のメラノソームの代替試料として、ブタ眼球から抽出したメラノソームの懸濁液に光照射を行い、波長532、730、785、1064nmの4種類のピコ秒レーザーによるメラノソームの破壊閾値を取得することにしたとする。

  • メラノソームの粒径測定

    (左)メラノソームの粒径測定。波長1064nmのピコ秒レーザーが照射されたメラノソームは、未照射のメラノソームに対して、6.50J/cm2以上のフルエンスで平均粒子径に有意差が生じた(青▲)。(中央・右)走査型電子顕微鏡観察。最大エネルギー密度で照射された際に破壊が明瞭に観察されると推測されたため、8.50J/cm2で照射されたメラノソームが電子顕微鏡で観察された。未照射のメラノソーム(中央)は滑らかな構造を保持していたが、照射されたメラノソームでは表面構造が破壊されていた(右)(出所:大阪公大プレスリリースPDF)

破壊閾値が取得され、続いてはその値と皮膚組織内の光伝搬効率に基づくピコ秒レーザー治療のモデルが構築され、組織内のメラノソームを破壊するために必要な照射条件の計算が行われた。そして、メラノソームの分布に応じて必要となる照射波長、照射エネルギー密度、スポットサイズの関係性が定量的に評価され、照射条件の数値指標を示すことができたという。さらに今回導き出された指標から、合併症の発生率が低く、高い有効性が示された既報の臨床結果を説明できることも確認されたとした。

  • メラノソーム分布に応じた照射条件の関係性が評価された

    メラノソーム分布に応じた照射条件の関係性が評価された。照射エネルギー密度はメラノソーム分布が深くなるにつれて増加。波長532nmではスポットサイズを変更しても、表皮のメラノソームの破壊に必要な照射エネルギー密度は変化しなかった。他の4波長では、スポットサイズを大きくすると、照射エネルギー密度は、それぞれの深さで減少することが確認されたとした(出所:大阪公大プレスリリースPDF)

臨床医学と工学を融合させた今回の研究成果は、ピコ秒レーザーによる生体反応を理解して光照射を行うことが、最適な治療のために重要であることが示されているとする。開発された指標は、同レーザーによる色素性病変治療のエンドポイント設定を手助けすることができるとした。さらに、今回の指標は臨床現場だけでなく、新規装置の仕様設計や前臨床段階での評価を効率的に行うためにも有用なことが考えられるという。今後、臨床データとの比較検証を重ねることで、科学的根拠に裏付けられたピコ秒レーザー治療が実践され、より安心安全な色素性病変治療につながることが期待されるとしている。