【倉本 聰:富良野風話】ニセコ・バブル

ニセコ・バブルと言うんだそうだ。

【倉本 聰:富良野風話】旭川空港

 ニセコという小さな北海道の田舎町が、今や外国人スキー客に占拠され、西洋人の町になってしまった。

 寿司屋に入ればトロが一貫3000円、ラーメンが一杯1900円、カニラーメンは3800円、ハンバーガーが2400円。外人観光客はこれを決して高くない、リーズナブルな価格だと笑う。ホテルは一室21万4000円、一泊98万4000円のところすらあり、外人さんがニコニコ泊っている。

 不動産価格もはね上がり、470平米のコンドミニアムが一部屋10億円でバンバン売れるそうな。しかもこの部屋、5ベッドルームで各部屋に風呂・サウナがつき、2週間単位でこれを借りると一泊250万円かかるというから、もうあいた口がふさがらない。

 地価が15万6000円と5年前の2倍にはね上がり、家賃は1LDKで8万5000円から13万5000円。近くの小樽では、せいぜい4万円から5万円ぐらいで、札幌でも5万円から7万円というから原住民である日本人には、とても生活できるわけがない。

 これだけ物価がいきなり上がると、そこで働く労働者の賃金も上がるわけで、繁忙期の時給が、東京の平均1568円、全国平均1220円に対し、ニセコにあっては1650円から2000円。

 テレビのコメンテーターは明るい顔で、こういう場所が日本にあってもいいのではないかと無責任に笑って言い放つが、さて、そんなに簡単にこっちは笑えない。

 というのは、飽和状態になったニセコのバブルが、今度はわがフラノに押し寄せかけているからで、こっちはニセコの西洋人に比べて中国・アジア系の外国資本が怒涛のように侵入しつつあり、夕方、街へ出ると、スーパー・コンビニに外国語の会話があふれ返っている。先日は僕の住む文化村にまで、トチ、売ラナイカ、高ク買ウヨと外人バイヤーが押しかけてきた。

 別に外人を排斥するつもりはない。

 農村であるフラノは後継者不足に苦しみ、相続税が払えぬこと、農業労働者がいなくなって耕作放棄地が増えていることから、目先の緑地を手放して、金にしたくなる人の気持ちは判る。しかしこのまま手を打たなければ、北の国フラノは消滅してしまう。そうなったら僕は、いや僕たちは、愛するこのふるさとを捨てざるを得ないだろう。

 ロシアに蹂躙(じゅうりん)され、廃墟となったウクライナの土地を考えてしまう。戦争によって破壊されつつある、あのウクライナの土地は、かつてヴィットリオ・デ・シーカが『ひまわり』という映画で描いたように、ひまわりの咲きほこるのどかな田園地帯だった。それが戦争でずたずたにされつつある。戦争ではないが、目先の欲望で、ふるさとをボロボロにされて良いものだろうか。僕は今あるフラノの自然を自分の死後に、何とか残したい。