東京大学(東大)、京都大学(京大)、東北大学、科学技術振興機構の4者は3月14日、現行の量子コンピュータとは異なる物理系を用いることで実現される、環境ノイズに非常に強い「トポロジカル量子コンピュータ」の実現の鍵となる「マヨラナ粒子」(粒子とその反粒子の性質が同一な特別な粒子)の存在を証明する決定的な証拠を得たことを発表した。
同成果は、東大大学院 新領域創成科学研究科の今村薫平大学院生、同・水上雄太助教(現・東北大学大学院 理学研究科 准教授)、同・橋本顕一郎准教授、同・芝内孝禎教授、京大大学院 理学研究科の末次祥大助教、同・松田祐司教授、東北大大学院 理学研究科の那須譲治准教授を中心に、東京工業大学、韓国科学技術院らの研究者も参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国科学振興協会が刊行する「Science」系のオープンアクセスジャーナル「Science Advances」に掲載された。
蜂の巣格子上の量子スピンの理論モデル「キタエフ模型」では、量子力学的な揺らぎの効果により、低温ではスピンが秩序化しない(一定の方向に向いていられない)状態である「量子スピン液体」が得られることがわかっている。この量子スピン液体は「キタエフ量子スピン液体」と呼ばれ、理論的に取り扱いやすく、さらに現実物質において実現することが予測されてもいた。また、キタエフ量子スピン液体では、マヨラナ粒子の存在も理論的に予測されていた。なお、通常の粒子には、電子と陽電子のように、電荷などの性質が反対の反粒子が存在するが、どちらも性質が同一であるとされるのがマヨラナ粒子である。
そして、キタエフ量子スピン液体を実現できる可能性がある物質として注目されたのが、蜂の巣格子を持つ磁性絶縁体「α-RuCl3」(塩化ルテニウム)。研究チームは2018年に、同物質からマヨラナ粒子の存在を発見したが、異なる結果を主張する研究者たちもいてその存在の有無については論争が続いている状態だったという。
キタエフ量子スピン液体における、マヨラナ粒子の磁場下でのトポロジカルな性質は、印加する磁場の方向により変化させることができると理論的に知られている。磁場を蜂の巣格子面内で回転させると、ある特別な軸(b軸)方向で、「トポロジー」(連続的に変形しても保たれる性質)が変化し、右ひねりから左ひねりのメビウスの輪に対応する状態に変化するという。
その軸(b軸)を磁場が横切ると、エッジ状態でのマヨラナ粒子の流れは反対方向になるが、磁場方向がちょうどb軸と一致する時、バルクのマヨラナ粒子の状態は上下のバンドが接する特別な状態になる。このような特別な状態はマヨラナ粒子特有のものであることから、研究チームはエッジ状態に加えて、バルク状態を熱ホール伝導度以外の測定を磁場の方向を変化させながら行うことで、マヨラナ粒子の存在に関する強い証拠を得ることができると考察したという。
今回の研究では、キタエフ量子スピン液体におけるバルク・エッジ対応を解明するため、バルク状態に敏感な比熱測定とエッジ状態に敏感な熱ホール伝導度の両方が測定された。比熱測定に関しては、マヨラナ粒子のバルク状態でのわずかな変化を捉えるため、磁場中で磁場角度を精密に制御しながら、絶対温度200ミリK(約-273℃)までの極低温環境下で測定可能な系が構築された。
その結果、トポロジーの変化に伴い熱ホール伝導度の符号が変化することが判明。さらに、トポロジーが変化する軸方向の場合のみで、バルク状態においてもマヨラナ粒子固有の特別な状態をとっていることが比熱測定から突き止められた。このような明瞭なバルク・エッジ対応は、ほかの機構からはまったく説明できないものであり、理論的な予測と非常に良い一致を示すことが確認されたという。今回の結果に対し研究チームは、エッジ状態とバルク状態の両方から矛盾なく、マヨラナ粒子の存在を決定づけるものとした。
磁場中でのマヨラナ粒子は、「非可換エニオン」という新奇な粒子を形成し得ることがわかっており、非可換エニオンは、環境ノイズに非常に強いトポロジカル量子コンピュータを実現する上での切り札的存在になることが期待されている。今回の研究成果は、このα-RuCl3がトポロジカル量子コンピュータを実現する有力候補となり得ることを示すだけでなく、物質中における非可換エニオンの理解への大きな進展が期待されるとしている。