東京大学(東大)は3月13日、鉄と酸化マグネシウム(MgO)の2層構造からなる電極を持つホウ素(B)を添加した半導体ゲルマニウム(Ge)の20nmのチャネル長を有する二端子デバイスにおいて、磁場で制御可能な「抵抗スイッチ(RS)効果」を観測。「巨大磁気抵抗スイッチ(CMRS)効果」と命名し、これにより抵抗変化率が2万5000%におよぶ大きな抵抗変化を磁場で実現したと発表した。

同成果は、東大大学院 工学系研究科の大矢忍教授、同・鶴岡駿大学院生(研究当時)、同・金田昌也大学院生、同・新屋ひかり特任准教授、同・武田崇仁特任助教、同・Le Duc Anh准教授、同・吉田博嘱託研究員、同・田中雅明教授、産業技術総合研究所の福島鉄也研究チーム長、海洋研究開発機構の真砂啓技術副主幹らの共同研究チームによるもの。詳細は、機能性材料に関する化学と物理学を扱う学際的な学術誌「Advanced Materials」に掲載された。

RS効果は、印加された電圧に応じて素子の抵抗が高い状態と低い状態の間を往来する現象で、一般的に金属/絶縁体/金属の三層構造によって生じる。そこに電界を印加すると、絶縁層中の欠損が引き寄せられて導電性フィラメントが形成されて抵抗が大きく減少する一方で、電圧を下げるとフィラメントが切れて抵抗が上昇する。

三層構造の絶縁体には酸化物がよく用いられるが、その中に陽イオンの欠損が存在すると、欠損には複数の正孔が生じる。正孔は欠損付近に強く束縛されているため、それらの間には強い「クーロン斥力」(電子同士の間に働く反発力)が働き、スピンの向きが揃いやすくなる。この効果は大変強く、磁性元素がないにも関わらず強磁性が発現するいわゆる「d0強磁性」を誘起するほど強力になることもある。しかし、RSデバイスにおける酸化物中の特徴的な電子状態は、今までほとんど注目されていなかったという。そこで研究チームは今回、2層(鉄/MgO層)の電極を持つB添加Geのナノチャネルを有する二端子デバイスを作製し、詳しく調べることにしたとする。

  • 今回作製された鉄/MgOを電極とするB添加Geのナノチャネル(チャネル長20nm程度)を有する二端子デバイス

    今回作製された鉄/MgOを電極とするB添加Geのナノチャネル(チャネル長20nm程度)を有する二端子デバイス(出所:東大プレスリリースPDF)

電極間に電圧が印加されたところ、典型的なRS効果に見られる電流-電圧特性が観測され、さらに、抵抗が大きく変化するスイッチング電圧が磁場をかけると変化することが判明。今回の研究では「ローレンツ力」で説明される従来の現象とは異なり、磁場方位によらずそのような現象が観測された。しかも、抵抗変化率が2万5000%にもおよぶ、磁場による巨大な抵抗スイッチであるCMRS効果だったのである。

同現象の起源については未解明な点も多いというが、研究チームは、MgOのMg欠損内に生じるスピンの向きの揃った2つの正孔が誘起する強磁性、いわゆる磁性原子の関わらない「d0強磁性」が、10~15年前からMgOでたびたび報告されていることに着目したとする。

2つの正孔はMg欠損に強く束縛されているため、正孔間には強いクーロン斥力が働くことでスピンの向きが揃う。これまでMgOで観測されてきた強磁性は、それが起源と考えられるという。多くのMg欠損間には引力が働いており、電界を印加するとそれらが集まって導電性フィラメントが形成され、Mg欠損が近づくと二重交換相互作用が働き強磁性が発現する。

今回のMgO層は1nmと非常に薄いため、この効果は強磁性の誘起には不十分だが、隣接する鉄からの近接効果も働き、強磁性に近い状態となるという。この状態に磁場を印加するとスピンの向きが完全に揃うが、同時に「パウリの排他律」により、同じスピンの向きを持つ正孔の波動関数同士は反発するため、波動関数が収縮してフィラメントが切断され、その結果、抵抗が大きく増大するとした。

一般的にRSデバイスにおいて、抵抗の高低間でのスイッチングは電界で制御されているが、上述の結果は、磁場でもスイッチングが可能であることを意味しているとする。今回の現象はまだ絶対温度20K(約-253℃)以下の低温でしか観測されていないが、それはフィラメントの強磁性が弱く、強磁性転移温度が低いためと考えられるとした。

  • 鉄層(赤)とB加Ge(青)層に挟まれたMgO領域に形成された導電性フィラメントの模式図

    鉄層(赤)とB加Ge(青)層に挟まれたMgO領域に形成された導電性フィラメントの模式図。(a)印加された電圧が大きく、MgO領域にフィラメントが形成されている場合。(b)磁場が印加され、導電性フィラメントが切断された状態(出所:東大プレスリリースPDF)

動作温度を上げるための方法の1つは、今回のような細いフィラメントの代わりに、太い自己組織化されたフィラメント、いわゆる「昆布相ナノ柱」と呼ばれる構造をMgO内に形成することだという。この場合、フィラメントの体積を増やせるため、強磁性転移温度を上げられるとした。ほかの方法としては、より強い強磁性秩序を持つ酸化物材料や、欠損濃度の大きな材料、電子間により強いクーロン斥力が働く材料などを用いることなどが挙げられるとした。

今回発見されたこの酸化物中の欠損を用いるユニークな手法により、将来的には、新たな省エネルギー機能デバイスを実現できる可能性があるとしている。