沖縄科学技術大学院大学(OIST)は3月12日、クマノミ類が宿主とするイソギンチャク類を選択する際の背景が明確ではなかったことから、日本における宿主イソギンチャクの進化について探求。クマノミはヒトが科学技術を使わないと難しいイソギンチャクの種類を正確に識別できること、そして日本近海で主に見られるイソギンチャクの「バブルチップアネモネ」(Entacmaea quadricolor)に遺伝的多様性があることが見出されたと発表した。
同成果は、OIST 海洋生態進化発生生物学ユニットの柏本理緒大学院生、同・メルキャデー・マノン博士、同・ツヴァレン・ヤン大学院生、同・三浦さおり博士、同・大学 マリンゲノミックスユニットのコンスタンチン・カールツリン教授、OIST 海洋生態進化発生生物学ユニットのヴィンセント・ラウデット教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、ヒトを含めた生物に関する全般を扱う学術誌「Current biology」に掲載された。
クマノミと宿主イソギンチャクとの関係性はランダムではない。クマノミは大半のイソギンチャク種に共生可能だが、インド洋の「ハマクマノミ」(別名:トマトアネモネフィッシュ)のように、バブルチップアネモネ1種のみに特異的に共生するものもいる。しかし、こうしたクマノミ類によるイソギンチャク類の選択の背景はまだ解明されていない。そこで研究チームは今回、イソギンチャクの遺伝的変異をよりよく理解するための調査を行うことにしたという。
宿主イソギンチャクは、Entacmaea属(バブルチップアネモネ)、Stichodactyla属、Heteractis属の3つの異なるグループに進化してきた。現在、宿主イソギンチャクは世界に10種生息し、そのうち7種が沖縄近海に生息している。今回の研究では、それら7種すべてを含む合計55サンプルの触手が、南は沖縄から北は東京までの調査地点で採取された。
各サンプルに含まれる全遺伝子の塩基配列を決定してRNA分子に含まれる遺伝情報が特定され、その情報を用いた系統樹が作成された。その結果、バブルチップアネモネには顕著な遺伝的多様性があり、4つの遺伝的系統を特定することに成功したという。その系統樹から、共通祖先を持つ主要な2グループが沖縄に存在することが判明。第1グループは、A、B、Cの3系統からなり、クマノミはこれらに共生する。第2グループは系統Dのみで、ハマクマノミの宿主種となっていることがわかった。
次に、野生の環境下で確認されたこの関係性について、飼育下でも同様にクマノミとハマクマノミが、イソギンチャクの仲間を区別できるのかどうかが調べられた。OIST マリン・サイエンス・ステーションの大型水槽を用いて、系統Aのイソギンチャクを水槽の一端に、系統Dのイソギンチャクをもう一端に置き、水槽の中央に置いたクマノミとハマクマノミがイソギンチャクに留まるかどうか、留まる場合はどちらの系統を選ぶのかという実験が行われた。
その結果、クマノミはイソギンチャクに留まった場合、野生の環境下と同様に必ず系統Aを選んだが、イソギンチャクを選ばない魚もいたという。ハマクマノミの多くは、これも野生の環境下と同様に系統Dを選んだが、中には系統Aを選んだものも極めて少数ながらおり、さらにどちらの系統も選ばなかったものもいたとした。以上のことから、クマノミは飼育下においても、野生環境下と同様に、同じような見た目のイソギンチャクの中から、自分が宿主とするイソギンチャクの系統を認識し、選び出せることが確認された。
また、系統AおよびDに属するイソギンチャク類では、刺胞(毒針)や、色(蛍光タンパク質)に関連する遺伝子群において発現パターンに差があることも判明。これらの遺伝子発現差は、イソギンチャク類は獲物を捕獲したり身を守ったりする際に使用する毒針の機能に差があることや、イソギンチャク類の体の色の違いに関与している可能性があるという。つまり、これら遺伝子群の発現差によって、クマノミは、人間には区別できないようなイソギンチャクの異なる系統を識別している可能性があるとした。
また今回の発見は、同じように見える(外見からは区別できない)バブルチップアネモネが、実は遺伝的には2つの異なる種である「隠蔽種」の可能性があることも明らかにされた。さらにこのことは、沖縄を含む日本にはこれまで考えられていたよりも多くの海洋生物の多様性が存在することを意味しているとした。