国立科学博物館(科博)は3月11日、翡翠(ひすい)色の花を咲かせるパイナップル科の「ヒスイラン」とその近縁種の花色素を解析し、翡翠色の花が青い花を持つ種と淡い黄色の花を持つ種の雑種に起源することを示唆したと発表した。

また、視覚モデルを取り入れた新たな色素解析から、翡翠色の花が現地のスズメ目の鳥類に鮮やかに見えることが解明され、これまで自然界に翡翠色の花がほとんど存在しないのは、鳥たちに見えにくいためであるという仮説は正しくないことが示唆されたことも併せて発表された。

同成果は、科博 植物研究部 多様性解析・保全グループの水野貴行研究主幹、慶應義塾大学、サントリー生命科学財団、大阪公立大学附属植物園などの研究者も参加した共同研究チームによるもの。詳細は、基礎植物科学に関する全般を扱う学術誌「Journal of Plant Research」に掲載された。

  • 今回の研究および過去の分子系統学的研究から推定された、プヤ属における翡翠色の花(ヒスイラン)の誕生の流れ

    今回の研究および過去の分子系統学的研究から推定された、プヤ属における翡翠色の花(ヒスイラン)の誕生の流れ(出所:科博プレスリリースPDF)

プヤ属(パイナップル科)は中南米を中心に200種以上が知られる植物で、特にチリに自生する種は花色の多様性が高いことが知られている。そうした中、研究チームはチリ原産のプヤ属の仲間で、数年に一度、自然界では稀な翡翠色の花を咲かせるヒスイランの花色発現機構を解明してきた。この種は、過去の分子系統学的研究から、青い花を咲かせる種と淡い黄色の花を咲かせる種の雑種に起源すると推察されていたが、これまでに青い花や淡い黄色の花の種の色素に関する解析は行われていなかったという。

日本国内において、この仲間の開花例はほとんどないが、2019年に科博 筑波実験植物園において青い花を咲かせる「プヤ・セルレア・ビオラケア」が、2021年に熱川バナナワニ園で淡い黄色の花を咲かせる「プヤ・チレンシス」が開花したことから、今回の研究では、それらの花を採集し、詳細な解析を行うことで、翡翠色の花の謎を探ることにしたとする。

  • 3種のチリ産プヤ属植物の花における成分解析

    3種のチリ産プヤ属植物の花における成分解析(出所:科博プレスリリースPDF)

今回の研究にて両方の花が分析された結果、新規の成分を含めた16種類の色素成分を単離・同定することに成功したほか、翡翠色の花との成分組成の比較が実施された結果、ヒスイランは、両方の花がそれぞれ持っている特徴的な色素成分を併せ持っていることが示されたという。また、これは翡翠色の発色が両種の色素成分をバランス良く生合成することで成り立っていることが示されたとした。それに加え、過去の分子系統学的研究から上述したように、ヒスイランは両方の花の雑種であることを起源とすることが示唆されていたが、化学分析の手法からも改めてそれを支持する結果が得られたとした。

翡翠色の花を発色するには、液胞のpH(水素イオン指数)が通常の植物よりも高い必要があることが、これまでの研究から判明していた。液胞のpHが高いと、中に含まれる「アントシアニン」(ポリフェノールの一種で、青紫系の色素成分)はより青味が強くなり、淡い黄色の発色に関わる「フラボノール」(ポリフェノールの一種のフラボノイドの仲間)も色が濃くなる。そこで研究チームでは今回、液胞pHを高くすることが、現地のポリネーター(ミツバチや鳥などの花粉媒介者)の視覚にアピールすることに役立ち、その結果、種として存続できているのではないかと仮説を立てたという。

  • 花色の再構築溶液を用いたポリネーターの視覚評価

    花色の再構築溶液を用いたポリネーターの視覚評価(出所:科博プレスリリースPDF)

仮説を検証するため、今回の研究では、花色素溶液と視覚モデルを併せた新たな解析手法が開発された。同手法では、試験管内でそれぞれの花の色素組成を再現し、溶液のpHを変えることで、ポリネーターの視覚にどのように影響するのかを評価することが可能だ。同手法が用いられた結果、翡翠色の花の色素組成を持つ溶液では、pHが高くなることで現地のスズメ目の鳥類のような「4色型色覚」(ヒトの赤・緑・青に加え、鳥の中には近紫外域の光も色として受容できるものもいる)を持つ鳥類に対して、より鮮やかに映るという結果が得られたとする。この結果は、自然界においても翡翠色の花が生存には不利にならないことを意味しているとした。

今回の研究成果により、以前よりあったヒスイランが翡翠色の花が青い花と淡い黄色い花の種間交雑によって生じたとする仮説を補強する新たな証拠が確認された。それにより、翡翠色の観賞植物の育種のための手掛かりとなる成果になったとする。また今回開発された解析手法は今後、さまざまな花において、色調とポリネーターの関係をより詳細に調査できる手法として役立つことが考えられるとしている。