東京大学(東大)は3月8日、高性能なリチウムイオン二次電池(LIB)を実現するために必要なエネルギー密度の高い「層間化合物」の開発を試みた結果、約7000種類の層間化合物の安定性を予測することが可能であるシンプルな「線形回帰式」を開発したことを発表した。

同成果は、東大 生産技術研究所(生研)の溝口照康教授、同・柴田基洋助教、同・大学大学院 工学系研究科の川口直登大学院生らの研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する物理化学に関する全般を扱う学術誌「ACS Physical Chemistry Au」に掲載された。

平面的な物質が層状に重なった物質は「層状物質」といい、その層と層の間に原子や分子などが挿入された化合物が層間化合物と呼ばれる。同化合物はさまざまな物性を示すことが知られており、活発な研究が行われている。特にイオンを脱挿入できるという性質から、リチウムイオン二次電池(LIB)において負極・正極共に層間化合物が活用されるケースが多く、高性能なLIBを実現するためには、高いエネルギー密度を有する層間化合物の開発が必須。

  • LIBにおける層間化合物の活用例

    (上)LIBにおける層間化合物の活用例。(下)イオンと層状物質の組み合わせによる層間化合物(出所:東大 生研Webサイト)

しかし、イオンも層状物質も数多くあるため、その組み合わせは膨大でありそれらすべての合成を試みることは現実には困難なほか、合成可能性≒安定性に関する法則は見つかっておらず、効率的に探索を行える物質設計指針が存在しない状況だったという。

そこで研究チームは今回、層間化合物の安定性を決定する因子を特定するため、48種類のイオンと、188種類の母物質からなる層間化合物構造を組み合わせて作られる数千種類の層間化合物について、第一原理計算を行ってデータベースを構築することにしたとする。

今回の研究では、安定性の指標として、イオンとなる元素と層状物質の反応エネルギーを「インターカレーションエネルギー」(Eint)を定義して計算が行われた。

そして、層間化合物におけるイオンと層状物質の関係が、金属錯体におけるイオンと配位子の関係に似ていることに着目したほか、錯体化学において、安定な錯体形成の基本原則である「HSAB則」の考え方が層間化合物にも適用できるのではないかと着想され、検討が行われた。

  • HSAB則を基に開発された回帰式

    (上)HSAB則を基に開発された回帰式。(下)回帰式によりエネルギーの予測が行われた結果(出所:東大 生研Webサイト)

その結果、イオンの2つの物性値のみを用いた線形多項式を用いることで、Eintが表されることが発見されたとする。なおHSAB則とは、酸・塩基反応において、電荷密度により酸と塩基をそれぞれ「硬い」「柔らかい」と分類した時、硬い酸と硬い塩基はイオン結合を作り、柔らかい酸と柔らかい塩基は共有結合を作り、それぞれ安定な塩や錯体化合物を作る、という法則のこと。

すでに知られているイオンに関する2つの物性値の「標準生成ギブスエネルギー」と「イオン半径」のみから、7000種類以上の層間化合物に対し、精度良く安定性の指標であるEintが予測できることが判明。さらに、回帰によって層間化合物ごとに得られる回帰係数についても、機械学習を用いて層状物質の情報から予測することに成功し、層間化合物の設計に重要な安定性に関与する因子を抽出することに成功したという。

今回の研究で開発された回帰式は、層間化合物の安定性を高速に予測するのみならず、無機化学と錯体化学の両分野のエネルギー論について新たな視点をもたらすものとする。今回の回帰式を活用することで、電池材料や超電導体の新規層間化合物の開発が加速されることに加え、未解明な点の多い無機化合物のエネルギー論の発展にも大きく貢献することが期待されるとしている。