ニッセイ基礎研究所 チーフエコノミスト・矢嶋康次「NISAを通じた厳しい目」

賃上げが日本にとって重要なことは言うまでもない。今年の春闘は、昨年並みの賃上げ率となると予想されるが、問題は来年の今頃決まる春闘が、どうなるかだ。

 2024年は、世界経済の減速、円高気味の市場、23年より低い物価上昇が予想される。政策面では、所得税減税が6月に予定されていることから、経営者から「ここ2年賃上げを頑張ってきたのだから、少し手を抜いてもいいだろう」といった声が雰囲気的に出て来そうである。

 ただ、2回と3回の差は大きい。3回連続で高い賃上げ率が実現すれば、賃金はいつも上がるものだという好循環のマインドが生まれる。1度目は偶然、2度目は奇跡、3度目は必然。来年の春闘が正念場だ。

 それと同時に、賃金以外のルートの模索も重要だ。預金から生じる利子所得の増加は、もう少し時間がかかると見る。そうなると、資産から配当やキャピタルゲインを生む、個人の所得を増やす別の仕掛けが必要となる。その目玉となるのが1月にスタートした新NISAである。

 日経平均株価は年初から34年ぶりの高値を記録している。ただ、個人の関心は、圧倒的に米国株が高く、筆者自身の講演でも、米株に絡む質問を受けることが多くなった。

 米国市場は、政治と経済がリンクし、どんな時代もダイナミックに動いて、世界の覇権を取り続けてきた。その実績を踏まえれば、20年・30年先の覇権を握り続けるだろう米国に、自身の資産を投資するのはうなずける。NISAから流れ出す資金の行方は、ある意味正直な日本人の心を表している。

 このNISAを大事に育てる2つのポイントを指摘したい。

 1つ目は「長期投資」の視点である。株式投資は、いつも上がり続けるものではない。株価が下がったとき、長期投資の視点を忘れず「安いから将来に向けて買う」といったマインドが大事になる。ここは、この分野に関わるあらゆる人の役割が重要だ。これだけ税制的に魅力ある制度を、うまく機能させることができるか否か。投資教育は、極めて重要な役割を担う。

 2つ目は、資金の向かう先である。前述のとおり残念ではあるが、今のところ投資先として人気があるのは日本より米国である。日本では、経済がデフレからインフレに変わり、名目経済は拡大して、企業経営もコスト・カットから付加価値創出へと舵を切りつつある。日本企業を見る世界の目が変わり、再評価され始めている。次のポイントは、海外に向かう資金の流れを、時間をかけても国内企業に振り替えていけるか否かだ。

 現状では、まだ個人投資家を納得させられるだけの実績が貯まっていない。企業には、これから生産性を高め、稼げる体質をさらに強化し、それを株価に反映させて、長期の投資対象になる魅力が求められる。