名古屋大学(名大)、大阪大学(阪大)、東京大学、科学技術振興機構の4者は3月7日、加齢性肥満(中年太り)の原因となる脳の仕組みをラットを用いた動物実験で発見したことを共同で発表した。

同成果は、名大大学院 医学系研究科 統合生理学分野の大屋愛実助教、同・中村佳子講師、同・中村和弘教授、阪大 医学部附属 動物実験施設の宮坂佳樹 助教、東大 医科学研究所の真下知士教授、名大 環境医学研究所の田中都講師、同・菅波孝祥教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、細胞と代謝に関する全般を扱う学術誌「Cell Metabolism」に掲載された。

  • 色脂肪細胞からレプチンが分泌されると視床下部に作用し、飽食シグナル分子であるメラノコルチンの分泌を誘導する

    色脂肪細胞からレプチンが分泌されると視床下部に作用し(1)、飽食シグナル分子であるメラノコルチンの分泌を誘導。MC4Rはメラノコルチンを受容し(2)、自らが発現するニューロンの活動を活性化することによって神経回路を作動させ、代謝を促進するとともに摂食を抑制し、抗肥満作用を示す(3)(出所:名大プレスリリースPDF)

加齢に伴い太りやすくなる加齢性肥満の原因として、全身の代謝の低下が挙げられているが、それがなぜ起きるのかメカニズムも含め不明だったとする。そこで研究チームは今回、代謝や摂食を調節する脳の視床下部に存在し、抗肥満機能を持つ「メラノコルチン4型受容体」(MC4RMC4R)に着目することにしたという。

体内に脂肪が蓄積すると、白色脂肪細胞から分泌されて視床下部に作用するホルモン「レプチン」の作用により、視床下部の神経細胞に存在するMC4Rは、視床下部内で分泌される飽食シグナル分子「メラノコルチン」を受容し、その神経細胞の伝達活動を活性化。それによって神経回路が作動し、代謝量や熱産生(脂肪燃焼)量を増やすと同時に、食べる量を減らすことで抗肥満作用を示す。

  • 視床下部の神経細胞(赤)から突出したMC4R 局在一次繊毛(緑)

    (A)視床下部の神経細胞(赤)から突出したMC4R 局在一次繊毛(緑)。(B)視床下部のMC4Rが緑色に、一次繊毛のマーカーとして用いられた「アデニル酸シクラーゼ3」が赤色に標識されている。MC4Rが、一次繊毛上に局在することがわかった(重なると黄色)(出所:名大プレスリリースPDF)

MC4Rを欠損させたマウスは著しい肥満を呈することから、MC4Rが抗肥満メカニズムにおいて重要なことがわかっていた。今回の研究では、MC4Rタンパク質の可視化抗体を作製し、ラットの視床下部においてMC4Rの局在が加齢に伴ってどのように変化するのかを解析することにしたとする。

  • 視床下部の神経細胞のMC4R局在一次繊毛は週齢を経るにつれて短くなった(通常食)

    視床下部の神経細胞のMC4R局在一次繊毛は週齢を経るにつれて短くなった(通常食)。高脂肪食を与えられたラットは、通常食を与えられたラットより速く退縮した。摂餌量を通常の60%に制限しされラットでは、加齢に伴う退縮が抑制された(出所:名大プレスリリースPDF)

まず、作製されたMC4R抗体を使って、MC4Rタンパク質がラットの脳のどこにあるのかが調べられた。すると、視床下部にのみ存在し、中でも視床下部室傍核および視床下部背内側部の神経細胞で、アンテナ状の構造体「一次繊毛」に局在していることが確認された。また、MC4Rの局在が加齢によりどう変化するのかを調べるため、さまざまな週齢のラットの脳が観察されると、離乳する3週齢以降、加齢に伴ってMC4R局在一次繊毛が徐々に退縮する(短くなる)ことが判明した(MC4Rを持たない一次繊毛は退縮していなかった)。

次に、栄養条件を変えたラットで解析したところ、高脂肪食が与えられたラットでは、加齢に伴う退縮のスピードが加速していることがわかり、反対に摂餌量を制限したラットでは、加齢に伴う退縮が抑えられていたという。さらに、加齢で一旦消失したMC4R局在一次繊毛でも、摂餌量の制限で再生することも観察された。

そこで、遺伝子改変技術などを用いて、若いラットのMC4R局在一次繊毛だけの強制的な退縮が行われた。すると、飽食シグナル分子のメラノコルチンへの感度が低下し、代謝量と熱産生(脂肪燃焼)量が減る一方で食べる餌の量は増え、結果として体重と体脂肪率の増加量が対照ラットに比べて著しく上昇。反対に、MC4R局在一次繊毛の加齢による退縮を抑制すると、体重増加が抑制されたとした。

  • 遺伝子技術を用いて、視床下部のMC4R局在一次繊毛を退縮させた群(退縮群)は、対照群よりも酸素消費量(代謝量)が少なく摂餌量が多くなった

    遺伝子技術を用いて、視床下部のMC4R局在一次繊毛を退縮させた群(退縮群)は、対照群よりも酸素消費量(代謝量)が少なく(A)、摂餌量が多くなった(B)。その結果、退縮群は対照群に比べ、体重と体脂肪率の増加量が著しく上昇した(C)(出所:名大プレスリリースPDF)

次に、MC4R局在一次繊毛の退縮メカニズムの解明が試みられ、まずレプチンを介する飽食シグナルが減弱し、著しい肥満を呈する「Zucker fatty変異ラット」が解析された。当初、同ラットはMC4R局在一次繊毛の退縮が進行していると予想されたが、逆にその退縮が抑制されていたという。このことから、レプチンの作用によって分泌されるメラノコルチン自体がMC4R局在一次繊毛の退縮を促進する可能性が推測された。

そこで、通常の野生型ラットで、長期間にわたるレプチンの投与や、遺伝子技術による視床下部の神経細胞にメラノコルチンが作用し続けているような状態を作りだすと、加齢に伴うMC4R局在一次繊毛の退縮が加速することが判明した。以上の結果から、レプチンが持続的に作用するような状況では、メラノコルチンがMC4Rへ慢性的に作用するようになり、MC4R局在一次繊毛の退縮が促進されることが示された。

さらに、白色脂肪細胞から分泌されるレプチンは食べる量を減らして抗肥満作用を発揮するが、MC4R局在一次繊毛を退縮させたラットは、レプチンを投与しても食べる量が減らないというレプチン抵抗性が示された(レプチン抵抗性は肥満患者でもよく見られる)。その原因は長らく不明であり、肥満治療の大きな問題だったが、今回の研究により、肥満患者の体内に蓄積した白色脂肪細胞から多量に分泌されるレプチンが引き金で起こるメラノコルチンの慢性的な作用によって、MC4R局在一次繊毛が退縮してしまうことが原因である可能性が示された。

今回の研究により、ラットにおいてMC4R局在一次繊毛の長さが「痩せやすさ」を決定しており、それが加齢や過栄養(飽食)によって短くなることが肥満につながることが示された。なお一次繊毛の欠損や退縮による肥満発症はヒトでも同様に起こることが考えられるという。今後、ヒトの加齢性肥満のメカニズムを追究するため、今回ラットで発見された加齢に伴うMC4R局在一次繊毛の退縮がヒトでも起こっているのかを検証する研究が必要とした。

  • 今回の研究から明らかになった加齢性肥満の発症メカニズム

    今回の研究から明らかになった加齢性肥満の発症メカニズム。加齢によって視床下部の神経細胞のMC4R局在一次繊毛が退縮。加えて、高脂肪食摂取などの過栄養によって慢性化するメラノコルチン作用は、退縮を促進させる。MC4R局在一次繊毛が退縮すると、飽食シグナル分子であるメラノコルチンへの感度が低下し、代謝量が低下する一方で摂餌量が増え、肥満やレプチン抵抗性の発現につながる。摂餌制限はMC4R局在一次繊毛の退縮を抑制する(出所:名大プレスリリースPDF)

また、今回、加齢によって失われてしまったMC4R局在一次繊毛が摂餌制限によって再生したことは、肥満の治療に大きな希望を与える実験結果だという。研究チームは今後、今回得られた知見をもとに、生活習慣病を未病の段階で検出し、発症を予防する技術の開発や、肥満の根本的な治療法の開発につなげていくことを考えているとしている。