国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所(NIBIOHN)と大阪国際がんセンター、日本IBM、TXP Medicalの4者は3月6日、オンラインとオフラインのハイブリッドで「生成AIを活用した患者還元型・臨床指向型の循環システム(AI創薬プラットフォーム事業)」の開発について記者説明会を開催した。

  • 左から医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長の中村祐輔氏、大阪国際がんセンター 総長の松浦成昭氏、日本IBM 執行役員の金子達哉氏、TXP Medical 代表取締役の園生智弘氏

    左から医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長の中村祐輔氏、大阪国際がんセンター 総長の松浦成昭氏、日本IBM 執行役員の金子達哉氏、TXP Medical 代表取締役の園生智弘氏

患者自身が診療情報にアクセスできるシステムは重要

冒頭、医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長の中村祐輔氏は「AIとデジタル化は今後の医療において成否に関わる。日本は高齢化が進み、健康寿命の延伸や最適化・個別化医療、医療業界の働き方改革、大災害対策などを含めて、将来的な医療を考えていくべきだ。このような中でAIやクラウドを用いたデータベースは非常に重要となり、質の高いデータを大規模に収集していかなければならない」と語った。

このようなことが求められる背景として、医療現場における診断ミスや処方ミスといった人的エラーの回避や、有用情報から画期的な新薬・診断法の開発、患者に最適で安全な治療法・治療薬の開発などを同氏は挙げている。

AIの活用は専門家と医療関係者間、医療関係者と患者や家族間の知識ギャップを埋めることができることから、医療現場の負担軽減を図れる可能性がある。

また、クラウドは大災害・ランサムウェア被害時に患者の診療情報の迅速な提供において、バックアップへの活用が見込まれている。同氏は「患者自身が診療情報にアクセスできるシステムは極めて重要」と述べている。

同研究所では2022年に大阪国際がんセンターと大阪母子医療センターなどと、研究連携協定を締結し、両センターの医学研究を支援するとともに、臨床研究の知見や臨床情報・患者試料などを活用し、大阪・関西地域の医療分野での研究開発力の活性化、健康長寿社会の実現を目指している。

AI創薬プラットフォーム事業の概要

この実現に向けて、同研究所は大阪がんセンターとAI創薬プラットフォーム事業に昨年4月から取り組んでおり、今回、日本IBMとTXP Medicalが今回加わる形となった。

AI創薬プラットフォーム事業は、医学研究・創薬の活性化と医師・研究者(特にAI・情報系研究者)の育成を図る厚生労働省のプロジェクト「AI創薬指向型・患者還元型・リアルタイム情報プラットフォーム事業」の一環として取り組む。

  • 事業の概要

    事業の概要

当初は「患者還元型」として、さまざまなデータベースのバックアップを取りながら、AIアバターで同意を得ることで現場の負担を軽減し、研究に活用していく体制を整備していく。その後は、「臨床指向型」と位置付けて蓄積された情報をもとに、医薬品の開発にもつなげていく考えだ。

中村氏は「患者さんに還元していくことを考えると、リアルタイムで情報を収集することは重要なためクラウドへのシステム構築を進めている」と話す。

  • リアルタイムでの臨床情報収集が重要だという

    リアルタイムでの臨床情報収集が重要だという

具体的には、患者還元型では(1)生成AIとAIアバターを組み合わせた患者同意取得や医療行為説明時における双方向性の会話型システムの開発、(2)生成AIを活用したリアルタイムでリアルワールドの臨床情報システムの開発に取り組む。

臨床指向型は、(3)生成AIを用いた患者層別化・薬物有効性や副作用予測・薬剤標的分子の発見のためのアルゴリズム開発、(4)生成AIを用いた標的分子を活性化・不活性化する低分子化合物、核酸、ペプチド、抗体医薬品開発のためのアルゴリズムの開発を目指す。

  • 生成AIを活用した「患者還元型」と「臨床指向型」の循環システムの概要

    生成AIを活用した「患者還元型」と「臨床指向型」の循環システムの概要

「患者の視点に立脚した高度ながん医療」を目指す、大阪国際がんセンター

大阪国際がんセンター 総長の松浦成昭氏は「われわれは、患者の視点に立脚した高度ながん医療の提供と開発を理念としている。現状の課題は将来のがん医療開発につながる研究が出ていないほか、多くの患者さんを抱えているが診療情報データが活用されていない。また、サンプルも多いが分析されていない」と実情を語った。

このため、同センターでは同研究所との共同研究でAIを用いた医療情報データベースを構築するとともに、患者サンプルのゲノムをはじめとしたオミックス解析(生体分子を対象とする網羅的解析の総称)を実現するという。

そして、これらの成果をもってして同センターの理念を実現するとともに、全国のがん診療拠点病院に波及させていく考えだ。

日本IBMとTXP Medicalはシステム構築を担う

一方、日本IBM 執行役員の金子達哉氏は「同事業では生成AIの可能性を最大限に活かし、リスクを最小化してアプリケーションの社会実装への道筋をつけることがミッションだ」と力を込めていた。

  • 日本IBMが事業で担当する範囲

    日本IBMが事業で担当する範囲

同事業において日本IBMはAI&データプラットフォーム「IBM watsonx」などの同社製品を活用し「患者説明・同意取得AI」「問診AI」「会話型看護師音声自動AI」「書類作成・サマリー作成AI」の4つのAI開発を進めていく。

  • 日本IBMが構築を支援するAIアプリケーションと想定利用形態の概要

    日本IBMが構築を支援するAIアプリケーションと想定利用形態の概要

金子氏は、専門性の高いソリューション開発が求められるためデータソースをフレキシブルに定義する必要があり、単一プラットフォームであるIBM watsonxで用途に合ったデータソースを定義・管理し、高い精度と透明性のあるソリューション開発を進めるという。

また、同氏は「患者さんへの説明やQAなどは生成AIが部分代行できる要素は大きいが、最終的な同意取得は医師、または医師立ち合いのもと行うなどのプロシージャ―を大阪国際がんセンターのスタッフと綿密に決めることで、生成AIのリスク低減を図る。そして、構築したモデルをそのほかの医療機関でも受け入れられるようなソリューション開発を目指す」と意気込みを語っていた。

今後のスケジュールとしては3月中旬~7月にかけてIBM watsonxを活用した価値検証をスタートし、8月~12月に生成AIを活用した各ソリューションのアジャイル開発&チューンアップ、2025年1月~同3月に大阪国際がんセンターとの生成AIおよびシステムの評価を実施していく。

さらに、TXP Medicalでは生成AIの有効な利用場面の定義やテキスト以外の取得可能データの積極的利用といった、現場動線に依存しないデータベースの設計・定義に加え、情報の固定頻度と信頼性に応じたデータ更新、患者アウトカムデータや救急搬送データなど院外データの積極的活用に取り組む。

  • TXP Medicalが担当する領域

    TXP Medicalが担当する領域

TXP Medical 代表取締役の園生智弘氏は「LLM(大規模言語モデル)の登場は大きなブレイクスルーであり、当社が従来から考えてきた医療現場が幸せになり、患者さんに対しても価値を提供できる医療を実現できるのではないかと考えている」と述べていた。