花粉を体に付けたキノコバエを水差しのような形状をした花序の中に死ぬまで閉じ込めながら受粉していると考えられていた植物のテンナンショウに、ハエも卵を産み付けて幼虫を育てる場に利用していることを神戸大学大学院理学研究科の末次健司教授(植物生態学)らが発見した。ハエの一部は産卵後に花序から脱出しているとみられる。テンナンショウがハエをだまして見返り無く受粉に使っているという常識を覆し、両者が助け合う共生関係になりつつある可能性を示している。

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    ナンゴクウラシマソウ(サトイモ科テンナンショウ属)の花に引き寄せられたキノコバエのうち、イシタニエナガキノコバエのみ産卵と脱出ができるものがいる。ふ化したハエの幼虫は腐った部分を食べて育つ(イラスト・神戸大学西垣宏紀さん、末次健司教授)

虫に花粉や蜜を与えて多くの花を訪れてもらうことで受粉し、種子を残す植物は多い。しかし、一部の植物では蜜があるように装った花をつけ、虫に栄養豊富な蜜を与えることなく受粉に必要な花粉だけ運んでもらうよう進化している。その中でもテンナンショウの仲間は、雌株の花序が抜け出す隙間のない水差しのような形となっており、呼び入れたキノコバエを死ぬまで閉じ込め、多くの雌花が受粉して種子を残す。

末次教授らは、テンナンショウの中でもキノコバエを引き寄せる匂いが出ている棒状の器官が釣り竿のように50センチ以上にも伸びている「ナンゴクウラシマソウ」(サトイモ科テンナンショウ属)に注目した。この器官の根元部分は肉厚だが、1年に1度の開花時を過ぎると朽ちる。末次教授はキノコを食べるハエに受粉の見返りとして産卵場所や幼虫のエサになるランの花があることを見つけている。このランと同様な事象がナンゴクウラシマソウでも起きているかを調査するため、2021年から23年に屋久島の低地照葉樹林で花序内に捉えられて死んでいる虫の種類と数を調べた。

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    イシタニエナガキノコバエ(右)と相利共生に近い関係らしいと明らかになったナンゴクウラシマソウ(左)。水差し状の花序から上に竿を垂らしたような器官がでている(神戸大学末次健司教授提供)

花序内で死んでいる虫の6割がキノコバエの仲間で、そのうちイシタニエナガキノコバエが一番多かった。中には花粉を付けているものもいたことなどから、花粉の運び屋はこのハエとみられる。また、花序内に産み付けられた卵があり、ふ化した幼虫は竿のような器官の根元で肉質な部分が腐ったところを食べてこのハエの成虫になったことが確認された。

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    花の隙間にみえる黒い点のようなものがイシタニエナガキノコバエの卵。右は卵の拡大写真(神戸大学末次健司教授提供)

ナンゴクウラシマソウの中にはイシタニエナガキノコバエの死骸がないのに卵だけ見つかるものがあり、一部のハエが産卵後に花序の上部から逃げ出している可能性も示された。

末次教授は「ナンゴクウラシマソウの祖先は花粉を運ぶ虫をだまして捕らえ、殺してしまうため、虫と敵対的な関係にあったとみられる。しかし、今は花粉を運んだ虫の一部をそのまま殺してしまうものの、一部には逃げられている。両者は、授粉できるほど虫に花で動き回ってもらえたら虫を逃がし、虫は花粉を運ぶ代わりに産卵場所を提供してもらうという相利共生、いわゆる助け合いのような関係に移行している段階かもしれない」と話している。

研究内容は、昭和大学や森林総合研究所などのグループで行い、植物に関する国際誌「プランツ ピープル プラネット」電子版に2月20日掲載された。