京都大学(京大)とサイキンソーは3月1日、0~4歳の乳幼児を養育中の母親が抱える育児ストレスおよびレジリエンスが、腸内細菌叢や自律神経系、身体運動機能とどのように関連するのかを検証した結果、育児ストレスの高い母親は身体機能も脆弱な状態にあり、腸内細菌叢の多様性も低いことが明らかになったと共同で発表した。
同成果は、京大大学院 教育学研究科の明和政子教授、同・松永倫子日本学術振興会PD特別研究員(大阪大学大学院 医学系研究科 兼任)、大阪大 萩原圭祐特任教授、サイキンソーの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の生物学を扱うオープンアクセスジャーナル「Communications Biology」に掲載された。
本来は“回復力”や“弾性”を意味するレジリエンスは、“自ら心身のストレスを回復させる力”を指す語としても用いられる。育児にまつわる精神疾患や児童虐待などのリスクを予防・緩和するには、親のストレス要因の解明だけでなく、レジリエンスの研究を進展させる必要もあるという。過度なストレスやレジリエンスの脆弱性を早期に検出しうるバイオマーカーとして、自律神経系や身体運動機能を指標とした評価法の開発が進められる中、研究チームは今回、それに関連する神経生理メカニズムの1つとして、腸内細菌叢に着目したとする。
腸内細菌叢は、免疫系や内分泌系、自律神経系を介して脳と密に関連することは「腸内細菌-腸-脳相関」と呼ばれる。成人を対象とした研究では、同細菌叢の多様性や組成が精神疾患や認知機能に関連することが示されているものの、母親の育児ストレスやレジリエンスに関する基礎研究はあまり進展していないという。
そこで今回は、2つの研究が行われた。1つは、0~4歳児を養育中の母親339名を対象に、育児ストレスと身体症状、腸内細菌叢との関連を検討するもの。参加者は全員身体疾患や精神疾患のない母親で、調査では自宅で糞便の採取と質問紙の評価が行われた。
同細菌叢の評価については、次世代シーケンサーを用いて糞便に対して16SrRNA解析を行い、「腸内細菌の多様性(種の豊富さや均等度)」と「各菌が全体の菌の中で占める割合(占有率)」が算出された。育児ストレスと身体症状は、「育児ストレスインデックス」(PSI)および「MDPS尺度」により評価を実施。今回の研究では、育児ストレスリスクが高い母親と低い母親の比較により、腸内細菌叢や身体症状にどのような違いが見られるのかが検証された。
その結果、PSIでは339名中65名(19.17%)がカットオフ値を超え、育児ストレスが高い状態にあることが示された。さらに、高リスク者は低リスク者に比べて睡眠の質が低く、またMDPSでも身体症状が悪い(消化機能や血液循環の不良、身体的抑うつ症状、女性ホルモン機能の低下など)と回答したとする。
さらに、高リスク者は低リスク者に比べ、腸内細菌の多様性が低いことも判明し、Odoribacterなどの9種類の腸内細菌において、有意な群間差が認められたとのこと。つまり育児ストレスの高い母親は、同細菌叢のバランスが乱れた状態にある可能性が示されたとしている。
2つ目の研究では、初産で生後3~6か月の乳児を養育中の母親27名が対象とされ、心電図計測による自律神経活動、身体運動機能(体組成、筋力、運動機能など)、唾液によるオキシトシンホルモンの評価と、糞便の採取、心的レジリエンスを評価する質問紙への回答が行われた。その後それらをもとに、腸内細菌叢、自律神経系、身体運動機能および心的レジリエンスとの関連を探索的に検証したとする。
その結果、27名中13名(40.74%)の母親の身体運動機能は、筋骨格筋量がサルコペニアの医学的診断基準値よりも低い状態にあったという。握力、歩幅、歩行速度についても、大半の参加者が同年齢女性で示されている基準値よりも低く、産後半年が経過した時点でも筋肉量や運動機能が低い状態にあることが確認された。
さらに迷走神経活動は、心的レジリエンスと腸内細菌叢の多様性の両方と関連していたとのこと。同細菌叢の中でも、Blautia SC05B48などの4種類は、心的レジリエンスや身体運動機能、オキシトシンと関連していたという。これらの結果は、酪酸の産生や抗炎症に関連する菌や女性ホルモン様作用を持つエクオールの産生に関連する菌が、母親の心身のレジリエンスに関連する可能性が示されているとしている。
今回の研究により、育児ストレスに腸内細菌叢が関連していることが実証的に示された。これは、心的なレジリエンスを高めるに、同細菌叢や自律神経系、身体状態といった身体的レジリエンスを高めることが不可欠であることを意味するという。
また今後は、同細菌叢の多様性・組成に影響を与える個々人の食習慣、運動などの生活習慣についても検討する必要があるといい、それに加え、大規模データによる縦断研究あるいは介入研究を行うことで、同細菌叢の改善が心身のレジリエンスを実際に向上させるのかどうかを実証していくことも必要だとする。さらに研究チームは、腸内細菌-腸-脳相関の観点からメンタルヘルスの神経生理学的メカニズムを解明することにより、育児中の親の心身のレジリエンスを効果的に高める支援法や、個人の身体特性に合わせた「個別型」の介入法を開発していくことが強く期待できるとしている。