名古屋大学(名大)と東京理科大学(理科大)の両者は3月1日、軟磁性と大きな磁歪を両立する新奇鉄(Fe)系ナノ結晶材料の設計指針の確立に成功したことを発表した。

同成果は、名大大学院 工学研究科の秦誠一教授、同・佐野光哉大学院生、理科大の山崎貴大助教らの共同研究チームによるもの。詳細は、無機材料の構造と特性の関係を扱う学術誌「Scripta Materialia」に掲載された。

  • 今回の研究の概要

    今回の研究の概要(出所:名大プレスリリースPDF)

IoT社会を実現するトリリオン(1兆)と例えられる膨大なセンサに対し、有線や電池なしにその場で発電・給電を可能とする「環境発電技術」が期待されている。同技術では、有効活用されていない振動、熱、光などを利用して発電するが、その中で期待されるのが振動。振動は、太陽光の次に高いエネルギー密度を持ち、場所や気候・天候などに左右されないため、安定供給可能なエネルギー源となり得る。振動発電の中でも磁歪式は、小さな内部抵抗、大きなエネルギー、耐久性に優れた方式で、磁歪材料に備わっている力により材料の磁化が変化する「逆磁歪効果」によって磁気を経由して振動を電力に変換する。

  • 磁歪式環境振動発電の原理

    磁歪式環境振動発電の原理。環境振動により磁歪材料へ応力が印加されると、逆磁歪効果によって材料内部の磁化が変化。それにより発生する誘導起電力を周囲のコイルで回収することで発電する(出所:理科大Webサイト))

磁歪式振動発電素子は安定的に大きな発電量を得られる方式であり、逆磁歪効果に加え、磁場により材料の外形が変化する「磁歪効果」が顕著な材料を用いる。同素子の発電量は、両効果共通の「磁歪定数」に依存するため、大発電量化に向けては同定数の高い材料が求められており、それには、大磁歪と高軟磁性(外部の磁場により磁化が容易に変化する性質)の両立が必要だという。

磁性材料において、磁歪量と軟磁性はトレードオフの関係だが、その度合いが従来材料よりも低いのがナノ結晶材料・非晶質材料。その理由は、従来材料では磁歪量に伴って大きくなる「結晶磁気異方性」(ある特定の結晶軸方向に磁化しやすい磁気的な性質のこと)が、それらにおいては消失することにある。軟磁性は、磁歪と同異方性の増大に従って劣化するため、同異方性を消失させた材料では、従来材料と比較して、磁歪量を増大させても高い軟磁性が維持されるという。

  • NANOMETの作製方法

    NANOMETの作製方法。非晶質前駆体をナノ結晶化温度以上まで高速熱処理することで、多数の結晶核の生成後に結晶粒が成長するため、Feナノ結晶相が分散析出する(ナノ結晶化)。母相結晶化温度を超える熱処理条件では、残留非晶質母相の結晶化による化合物相の析出や、Fe結晶粒の粗大化により磁気特性が劣化する(出所:理科大Webサイト)

そこで研究チームは今回、ナノ結晶材料の小さな磁歪量を増大させ、大磁歪と高透磁率を両立させた「ナノ結晶軟磁性磁歪材料」を提案し、その薄膜サンプルを実際に作製して材料評価を行うことにしたとする。

まず、ベース材料としてナノ結晶軟磁性材料「NANOMET」が用いられ、高い軟磁性を維持しつつ大きな磁歪量を示す新奇磁歪材料の創製が目指された。NANOMETは、6種類の元素からなる非晶質前駆体から作製され、それをナノ結晶化温度以上で熱処理することで、非晶質母相中にナノ結晶相が分散析出したナノ組織を形成していることを特徴とし、同ナノ組織に起因する結晶磁気異方性の消失により超高軟磁性を示す。

  • ナノ結晶材料の磁歪量の算出方法

    ナノ結晶材料の磁歪量の算出方法。正味磁歪量は、ナノ結晶相と残留非晶質相の磁歪量を体積分率で加重平均することで算出される。NANOMETでは、α-Feナノ結晶相の負の磁歪と残留非晶質相の正の磁歪が相殺され、小さな磁歪を示す(出所:理科大Webサイト)

ナノ結晶材料の磁歪量は、その組織を構成するナノ結晶相と残留非晶質相それぞれの磁歪量を体積分率で加重平均した値で与えられる。従来のナノ結晶軟磁性材料では、ナノ結晶相「α-Fe」における負の磁歪と残留非晶質相における正の磁歪の相殺により、材料全体での磁歪量がほぼゼロとなるように計画的に設計されている。

  • NANOMETと、今回作製されたナノ結晶軟磁性磁歪材料の模式図

    NANOMET(左)と、今回作製されたナノ結晶軟磁性磁歪材料(右)の模式図。NANOMETは、非晶質母相の正磁歪とα-Feナノ結晶相の負磁歪が相殺され小さな磁歪量を、ナノ結晶構造により超高透磁率を示す。それに対してGa添加ナノ結晶軟磁性磁歪材料は、ナノ結晶相を正磁歪のα-Fe(Ga)とすることで、両相とも正磁歪として大きな磁歪量を示し、加えてナノ結晶構造を持つため高透磁率を示している(出所:理科大Webサイト)

今回は、ナノ組織による高透磁率を維持したまま、大きな磁歪量を示す画期的な機能材料となることが期待できることから、その逆の手法が取られた。負磁歪のα-Feナノ結晶相を、大きな正磁歪で知られる「α-Fe(Ga)」(Ga:ガリウム)とすることで、両相とも正磁歪として材料全体の磁歪量を増大させることが考案されたのである(なおGaは、鉄との合金で高い磁歪特性を示すことが知られている)。

  • Ga添加量に対するナノ結晶相を構成する結晶の(110)格子面間隔

    Ga添加量に対するナノ結晶相を構成する結晶の(110)格子面間隔。Ga添加量に従って、ナノ結晶相の格子面間隔が増大している。これは、Feよりも大きな原子半径のGaがナノ結晶中にも存在しているためである。このことから、材料設計の通りナノ結晶相はα-Fe(Ga)であることが確認された(出所:理科大Webサイト)

その実現に向け、まず、Gaの添加量の異なる3種類の前駆体がシリコン基板上にスパッタ成膜された。その後、ナノ結晶化温度以上での熱処理により、所望のナノ組織を有するサンプルを作製し結晶構造解析を行うと、ナノ結晶相を構成する結晶の格子面間隔がGa添加量に従って増大することが判明。これは、鉄よりも原子半径の大きいGaがナノ結晶相にも存在することが示されており、ベース材料ではα-Feだったナノ結晶相が、Gaが添加されたα-Fe(Ga)となったことが示され、材料設計通りの構造を有していることが確認された。

  • Ga添加量に対するナノ結晶材料の磁歪特性

    Ga添加量に対するナノ結晶材料の磁歪特性。白丸(〇)は磁歪量、赤ひし形(◆)は磁歪感受率(磁歪と軟磁性の両立の指標)。Ga添加に従って、磁歪量が増大した。これはナノ結晶相の磁歪量が、Ga濃度が上昇したことで、ベース材料の負磁歪から正磁歪へ変化したことに起因するという。それに加え、すべてのGa添加量においてナノ結晶構造を持つことで高軟磁性を維持したことから、磁歪感受率もNANOMETの1.77倍に向上した。それらの結果から、大磁歪と高軟磁性を両立する「ナノ結晶軟磁性磁歪材料」の作製に成功したことが示された(出所:理科大Webサイト)

最後に、薄膜サンプルについての磁歪特性評価が実施された。すると、Ga添加量を増やすにつれ、磁歪量の増大が示されたという。これはナノ結晶相中のGa濃度の上昇に伴って、α-Fe(Ga)ナノ結晶相の磁歪量が負から正に変化したことに起因するという。つまり、Ga添加によるFe基ナノ結晶材料の磁歪量増大が実証されたことになる。

さらに、磁歪感受率も添加量に従い増大し、ベース材料の1.77倍まで向上。磁歪感受率は、大磁歪と高軟磁性の両立の指標なので、この結果は、Ga添加によってナノ組織による高軟磁性を維持したまま大磁歪化に成功したことを裏付けているとした。

以上により、今回提案された新奇磁歪材料は、大磁歪と高透磁率を両立する良好な磁歪特性を示すことが確認された。この新規材料は、環境振動発電素子やひずみセンサなどへのデバイス応用が期待されるとしている。