大統領選を巡る思惑 巨額買収に暗雲
日本製鉄(橋本英二社長)の乾坤一擲の買収が米国の政治の「材料」とされ始めている。
口火を切ったのは、共和党の大統領候補で前大統領のドナルド・トランプ氏。それまでも「偉大な企業が買収されようとしている」などと言及していたが、1月31日の米労働組合関係者との会談後「私なら即座に阻止する。絶対にだ」と明確に反対の意思を表明した。
USスチールは米国の自動車や鉄鋼の生産拠点を多く抱えるペンシルベニア州に本社がある。同州は「ラストベルト」(さびついた工業地帯)とも呼ばれ、製造業従事者の多い地域。大統領選の勝敗を左右する州とも言われている。トランプ氏の発言には大統領選の勝利に向け、労働組合の支持を取り付けたいという思惑が強くにじむ。
一方、現大統領のジョー・バイデン氏は公には「買収を認めるか否か、審査する」と話すにとどめているが、労働組合の票が欲しいという事情は同じ。2月2日には、買収に反対するUSW(全米鉄鋼労働組合)が「バイデン大統領から支持を得た」とする声明を発表するなど、買収反対の機運を高めようとする動きが続く。
これに対して日鉄社長の橋本氏は「政治的な問題もあるが、冷静に考えれば米国が損をする話ではない」と話す。
それは日鉄がUSスチールを100%子会社化することで技術を全て提供できるようになること、生産した鋼材は米国内で消費されること、さらにはUSWが懸念する雇用に関して「現在の労働協約を100%守る」(橋本氏)としているから。
ただ、こうした「正論」が政治の世界で通用するかどうかはわからない。24年3月頃に開催される見通しのUSスチールの株主総会での承認、米規制当局の審査、そして労働組合との交渉が今後待ち受けるが、そこに大統領選の勝敗という材料まで持ち込まれた形。
24年第3四半期にも買収完了という見通しもあったが、大統領選後まで結論が先延ばしになる可能性も出てきている。日鉄が目指す「総合力世界一」に向けて、米国の政治が立ちはだかろうとしている。