神戸大学は2月28日、フランス、インドのヒンドゥーコミュニティ、ムスリムコミュニティの3つの共同体における熟練陶工に対し、いずれの共同体でも作られていない土器の型式を手本として土器を複製する実験を行った結果、普段作り馴れていない非伝統的な土器の形態であるのにも関わらず、3つの共同体の職人たちが成型した土器の形とその形態発生の軌道から、それを作った個々の職人が属する共同体が定量的に識別できることが明らかになったと発表した。

  • 普段作り馴れていない同一型の土器をヒンドゥーの職人、ムスリムの職人フランスの職人が制作した際の形態発生の過程

    普段作り馴れていない同一型の土器を(A)ヒンドゥーの職人6名、(B)ムスリムの職人6名、(C)フランスの職人9名が制作した際の形態発生の過程(出所:神戸大Webサイト)

同成果は、神戸大大学院 人間発達環境学研究科の野中哲士教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国科学アカデミー紀要「PNAS」の姉妹誌で科学の幅広い分野を扱うオープンアクセスジャーナル「PNAS Nexus」に掲載された。

人間の集団が持つスキルや創作物は、個人を越えた集団としての傾向を示すと同時に、世代を超えたある種の持続を見せる。芸術作品や工芸品、音楽、料理などに加え、マンガ・アニメ・小説などの現代のサブカルチャーにも、日本独自のスタイルがあるのが一例だ。

研究チームによると、こうした文化的特徴の持続と変化は、これまで2つの異なる理論で説明されてきたという。

1つは「二重継承理論」と呼ばれ、人間の集団が持つ特徴を、ランダムな変異を伴う遺伝的および文化的情報の複製と選択によって説明するもの。同理論では、ランダムな変異の蓄積と選択によって、生物学的特徴だけではなく文化的特徴の変遷も説明される。

もう1つは「文化アトラクタ理論」と呼ばれ、文化的特徴の持続が“複製”の証拠とは限らないと主張するものである。たとえば、ある共同体の発達環境において、知覚的注意の習慣、環境の認識の仕方、スキルにおける注意の向けどころなどが共有される場合、型式が継承される際に共同体特有の変換を被り、複製によることなく共同体特有の変異がおのずと安定的に生じる可能性があるとする。

しかし、従来の文化進化研究は実験室課題やシミュレーションが主であり、考古学に直接示唆を持つ伝統的スキルにおいて、型式の伝達に伴う共同体固有の変換の方向性が存在するのかどうかは未解明だったという。

土器の伝播と受容に伴う持続と変化のダイナミクスは、人類の文化進化について知る上で重要な手がかりをもたらすとする。そこで研究チームは今回、新たな土器の型がある文化圏に伝わる時、そこで生じる形態の変異は方向性を持たないランダムなものなのか、それとも共同体ごとに形態が独特の方向に変異を見せることによって、形態の分岐が後続する選択を経ずにも生じ得るのかという点を調べたという。

今回の研究では、フランス、インドのヒンドゥーコミュニティ、およびムスリムコミュニティの熟練職人21人に、普段工房で習慣的に作製しているものとは異なる型式の土器を作製してもらい、その際、職人たちが未知の土器を作る映像を記録し、その映像記録に「楕円フーリエ解析」手法を用いて、土器制作における形の発生のプロセスを検討したとする。

その結果、伝統的な型とは異なる未知の形態の土器を成形する場合であっても、その形態にはそれを作った職人が所属する共同体を識別可能とする定量的な差があることが明らかにされた。さらに、こうした文化差が完成形だけではなく、同一の土器が作られる形態発生のプロセスがたどる軌道にも存在することもわかったという。研究チームはこの結果について、未知の土器の型が伝わってきた場合であっても、その型を受容した共同体の職人が作る形態の変異はランダムではなく、共同体を特定するような方向性を持った変異が実際に生じることを示すものとしている。

  • 楕円フーリエ記述子の主成分から成る「かたち空間」における21名の職人が作製した土器の形態発生

    楕円フーリエ記述子の主成分から成る「かたち空間」における21名の職人が作製した土器の形態発生。(上段)ヒンドゥーの職人、(中段)ムスリムの職人、(下段)フランスの職人。(左列)陶器の完成形、(右列)形態発生過程における形状の変遷。左列はそれぞれ右列の完成時点の拡大図にあたる。記号は職人名を指し、同一色は同一職人による複数の試行が表されている(出所:神戸大Webサイト)

考古学では、土器遺物の形態などの分析を通して、当該時期の文化の動態が記述されてきた。その一方で、土器の社会的なパターンの形成や、その安定した再帰を何が可能にしているのかという問題は未解明のまま残されているという。

これまで文化進化を巡っては、複数の異なる仮説が提示されてきた。今回の研究成果は、集団が成形する土器の特徴が、伝統的な型ではなくても安定して生じ得ることが示されており、たとえば新型の土器の渡来などによって生じる土器形態の変異のダイナミクスについて、既存の見方を覆す新たな解釈をもたらす可能性があるとする。また研究チームは、今回の手法とデータを用いることによって、作者不詳の考古学遺物群などについて、作者の個性と共同体特有の形態発生パターンを独立して特定できる可能性があるとしている。

  • 実験風景

    実験風景。(左)ヒンドゥーコミュニティの職人たち。(右)ムスリムコミュニティの職人(出所:神戸大Webサイト)