ナノメートル(ナノは10億分の1)サイズのシリコン(ケイ素)粒子をわずか1層塗るだけで、角度を変えても色が変わらず安定して見える「構造色インキ」を開発したと、神戸大学の研究グループが発表した。色素を使わず、粒子の微細な構造や大きさで色を表現。従来の塗料よりはるかに少量で塗装でき、退色しにくい。毒性の高い化合物や重金属を使わない利点もあり、実用化が期待される。
色は、さまざまな波長の集合体である光が、色素などの物体を構成する原子や分子に当たり、一部の波長は吸収される一方、残りが反射したり透過したりし、それを人間が目で感じ取るもの。構造色の場合は色素でなく、物体の微細な構造により、特定の波長の光を強く反射、透過する。自然界ではタマムシやクジャク、各種の熱帯魚、花などのさまざまな生物が、この仕組みで色を見せている。ただ微細構造を周期的、規則的に並べることが前提となるため、筆やブラシで塗ったり、吹き付けたりできず、塗料としては使いにくいとみられてきた。
こうした中、研究グループは屈折率が非常に高いシリコン粒子に着目。光の波長ほどの大きさの球形粒子が、ある波長だけを特に強く散乱する現象「ミー共鳴」を利用し、粒子の大きさにより波長、すなわち発色を制御する手法を検討した。2020年、シリコンでさまざまな色を出せる構造色インキを世界で初めて開発。従来の構造色の常識を覆し、微細構造の周期的、規則的配置を不要とした。
これを使い、粒子が1層だけという非常に薄い状態で、発色などの性質を検証した。シミュレーションに続き、実際にガラス板の上に粒子を1層に敷き詰めた膜を作って調べた結果、粒子の大きさに応じて粒径111ナノメートルで紫、200ナノメートル付近でだいだい色などと多彩な色が、十分に明るく表現できた。しかも従来の構造色とは異なり、斜め45度から見ても色はほとんど変化しなかった。粒子をまばらにしても色が見えることも確認。独自の構造色インキにより、ごく少量で安定した着色ができることを実証した。
これまでの塗料は大型旅客機「ボーイング747」でコーティング材なども含め500キロほどが必要とされたが、このインキなら10分の1にまで削減できるという。需要の大きい赤色を出すことや、実用化のための大量生産技術が課題となる。
研究グループの神戸大大学院工学研究科の杉本泰(ひろし)准教授(ナノ材料科学)は「工夫を重ねた結果、色が目に見えて分かるのは研究として非常に面白い。従来の色素に比べ、加熱に圧倒的に強いなど耐久性が高いのもメリット。看板などが年を経て退色すると塗り直すコストがかかり、作業に危険が伴うこともある。そういった問題の解決につながるのでは。また、環境意識の高まりで塗料の原料の規制が広がる中、シリコンという地球上にありふれたものが使えるのは大きな利点だ」と話している。
成果は米化学誌「ACSアプライド・ナノ・マテリアルズ」に1月30日掲載され、神戸大学が31日に発表した。研究は科学技術振興機構(JST)研究成果展開事業の支援を受けた。
構造色をめぐっては、富士フイルムが2022年に「構造色インクジェット技術」を開発したと発表している。こちらは神戸大グループとは逆に、見る角度によって色が変化する美しさを活用した技術という。
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