東京医科歯科大学(TMDU)、科学技術振興機構(JST)、名古屋大学(名大)の3者は2月22日、生体組織内の「細胞間共局在関係」を解析するための画期的な情報解析手法「DeepCOLOR」を開発したことを発表した。
同成果は、国立がん研究センター研究所 計算生命科学ユニットの小嶋泰弘独立ユニット長(TMDU 難治疾患研究所 計算システム生物学分野 連携研究員兼任)、TMDU 難治疾患研究所 計算システム生物学分野の島村徹平教授(名大大学院 医学系研究科 システム生物学分野 特任教授兼任)、名大大学院 医学系研究科 腫瘍病理学・分子病理学分野の三井伸二准教授、同・榎本篤教授、名大大学院 医学系研究科 皮膚科学分野の秋山真志教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、システム生物学に関する全般を扱う学術誌「Cell Systems」に掲載された。
近年は「シングルセルRNAシークエンス」の登場により、疾患の根底にある複雑な細胞集団の理解が進んでいる。同技術では、網羅的に計測される個々の細胞の遺伝子発現プロファイルを基にして、生体組織内の細胞タイプの分類だけでなく、個々の細胞の状態を調べることが可能だ。しかし「一細胞トランスクリプトーム解析」では、細胞の位置情報が失われてしまうため、細胞間コミュニケーション用と病気の進行におけるそれらの役割を理解するのが難しいという課題があったという。
一方、「空間トランスクリプトーム解析」の進歩により、位置情報が附置された網羅的な遺伝子発現プロファイルを用いて、細胞の局所的な環境を詳細に特徴づけることも可能となった。しかし、現在主流の同解析技術では、一細胞レベルでの詳細な細胞状態の空間分布を正確に捉えることが困難となっている。この課題に対し、これまでの情報解析手法は、細胞集団の空間分布を推定し、細胞集団間の共局在関係の分析が可能とされてきたが、一細胞レベルでの共局在関係を明らかにすることはできなかったとのこと。そこで研究チームは今回、一細胞レベルでの共局在解析を実現し、微小環境内の細胞間コミュニケーションを解明するための技術の開発を目指したとしている。
今回開発されたDeepCOLORは、一細胞トランスクリプトーム解析から得られる一細胞レベルでの遺伝子発現プロファイルと、空間トランスクリプトーム解析から得られる組織内分布を組み合わせ、細胞間の共局在関係を解明する深層生成モデルだ。同モデルは、ニューラルネットワークを用いて、潜在的な細胞状態から組織内の各細胞の空間分布への割り当てを学習し、それに基づいて細胞の空間的な配置を推定するもの。たとえばマウスの脳データセットへの適用では、推定された遺伝子発現プロファイルが元のデータと高い相関性を示し、データ統合の正確性が確認されたとする。
さらに、DeepCOLORは神経細胞のサブタイプの解剖学的な分布を特定し、脳構造に一致する細胞クラスタ間の共局在関係の推定が行われた際、性能評価のためのシミュレーションデータでは、既存手法よりも高い推定精度が示されたという。扁平上皮がんデータセットでは、腫瘍細胞と線維芽細胞間の共局在関係が特定され、「INHBA遺伝子」の高発現など、特徴的な遺伝子発現パターンが解明された。そして、この共局在する線維芽細胞のシグネチャスコアは、扁平上皮がん患者の予後と関連していることが示されたとする。また新型コロナウイルスのデータセットへの適用では、COVID-19の重症化に関連する「肺胞型II細胞」と他細胞間の相互作用が同定されたとした。
一細胞レベルでの細胞間コミュニケーションの解析は、疾患の進行メカニズムの解明、および革新的な治療標的の発見に不可欠だといい、将来的には、この解析手法を多様な空間トランスクリプトームデータに適用することで、幅広い病態における細胞間コミュニケーションと、その分子機構が解明されることが期待される。それにより、新規の創薬標的の探索や効果的な疾患治療法の開発に大きく寄与する可能性があるとする。さらに、これまでに類を見ない深いレベルでの細胞間コミュニケーションのダイナミクスを捉えることにより、生命科学に対する理解が一層深まることが期待されるとのことだ。
研究チームは今後、さまざまな解像度の空間トランスクリプトームや広範な一細胞オミクスデータにも、DeepCOLORを応用していく予定とする。実現すれば、異なる分子層や一細胞の共局在ネットワークを通じた組織間コミュニケーションの包括的な全体像の解明が可能となり、生物学および医学分野における画期的な知見と、疾患の超早期段階からの予測や治療法の発見に大いに貢献する可能性があるとしている。