帝京大学医学部附属病院・上妻謙副院長兼循環器センター長「働き方改革を実行したら今の医療現場が破綻する可能性は十分にある。国、行政、医療機関、国民が危機意識の共有を」

産業界で大きな課題になっている「働き方改革」。その波に医療現場も直面している。「20万人の都市で心筋梗塞・脳卒中に対応できる当直がいなければ、その地域の医療は成り立たなくなると言われている」と警鐘を鳴らすのが帝京大学医学部附属病院副院長兼循環器センター長の上妻(こうづま)謙氏。医療崩壊を最小限に食い止めるための働きかけを行政やマスコミ、医療機関などにも発信。地域を救済する方策を導き出そうと動いている。国、行政、医療機関、そして国民がそれぞれ甘えの構造から脱却することが求められている。

亀田総合病院理事長・亀田隆明「重症患者を受けいれる最後の砦の機能を果たし、軽症・中等症患者は他の病院へと、手分けしました」

未知の感染症と向き合った現場

 ─ まずは病院の理念と基本方針を聞かせてください。

 上妻 理念は「患者そして家族と共にあゆむ医療」、基本方針は4つあり、「安心安全な高度の医療」「患者中心の医療」「地域への貢献」「医療人の育成」「医学研究の推進」です。その中で私が所属する「循環器センター」は「安心安全な高度医療」を体現する1つと言えます。高度な医療ですから、できるだけ安心安全かつ高度な最先端医療を提供していくことになります。

 ─ 上妻先生から見たコロナ禍4年の総括とは。

 上妻 最初は分からないことだらけで現場も逼迫しました。誰もどのように対処すればよいかわからないまま、医師も職員も皆が恐怖心を持ちながら医療に当たるという状態でスタートしましたからね。試行錯誤の状態が続き、病院の執行部は毎週月曜日から土曜日までの毎朝7時半から対策会議を続けました。

 患者さんの取り扱い方はどうすべきか。あるいは外来のシステムはどうしようかと。感染防止のために病棟をどのように区切るかといったことなどを細かく打ち合わせしていました。

 その中で当院は重症患者様の受け入れに力を入れていましたので、軽症の患者様には、できるだけ別の医療機関に行くようにお願いしていました。ただ、実際には患者様への依頼や行政との調整がなかなか円滑に進んでいなかったため、我々が予想していた通りの患者様がいらしたかというと、そうではなかったと。それでも大学病院の中では上位に上るくらいの患者様の受け入れを行いましたね。

 ─ コロナ禍での教訓とは。

 上妻 未知のものである新興感染症が襲来したときは、皆がパニック状態になり、冷静ではいられないという状況になります。全体が恐怖心のある状況になりますから、強いリーダーシップのある組織運営が非常に重要になると感じましたね。

 我々の現場では皆で情報を共有しながら、こういう場合はこのように対応しようと決めました。徹底的に自分を防護するためには何を優先すべきか。そういったことを常に明確に伝えていくようにしました。

他国以上に細分化された日本

 ─ 今は大分落ち着いてきましたか。

 上妻 そうですね。ただ、患者様の行動がコロナで大分変わりました。コロナ禍を経て患者様も積極的に受診しなくなり、病院や医療機関に行かないという感覚が一定程度根付いてきたのではないかと感じます。それが良いことかどうかこれからですが、受診控えの結果、病気が手遅れの状態になって見つかるというケースが増えています。

 がんなどはコロナ禍でしっかりと検診していなかったために、進行がんになってから見つかるという患者様が多くなりました。その結果、抗がん剤が足りなくなるという事態にもなりました。他にも多くの医薬品がジェネリック医薬品(後発薬)に切り替わっている現在、後発薬メーカーの不正が起こったことで、医薬品の品不足が頻繁に起こるようになっています。

 ─ メーカーの供給責任が問われる事態と言えますね。日本の社会保障費は年間140兆円。医療財政が逼迫する中で医療現場のすべきこととはどのようなことだと考えますか。

 上妻 まずは無駄が多いということは確かです。患者様がフリーアクセスで様々な医療機関を受診し、様々な薬局で薬をもらっています。その際に重複などの無駄を把握できる状況にありません。その点、マイナンバーカードに保険証を結びつけて医療機関などが患者様の処方内容を共有できるようになったのは、その第一歩だと思います。

 そういったデジタル技術などを活用しながら患者様の医療情報をしっかり管理し、無駄を減らしていくことは必須です。日本は他国と比べても医療機関が細分化されすぎていますし、病院数も多い。それが無駄を生んでしまっている1つの要因だと思います。そこをもう少し効率化できないといけません。

 ─ 上妻先生はオランダの大学への留学経験がありますが、欧州は日本より効率的な運営を心掛けているのですか。

 上妻 効率的ですね。ただ、効率的なだけに患者様側からすると、かなり不安は大きい。というのも、欧州は基本的には、かかりつけ医制です。自分のかかりつけ医の医療機関やクリニックを決めて契約しないといけません。例えば重い病気に罹っても、まずはそのかかりつけ医に行って、そこから高次医療機関を紹介してもらって初めて受診ができます。

 欧州では高度な医療機関が限られています。例えば当院のような冠動脈のカテーテルでの治療ができる病院はオランダ全体でも20カ所くらいしかありません。大都市に3~4つといった具合です。それだけ集約化され、効率的には運営できているのですが、患者様にとっては、なかなかアクセスができないのです。

 英国の場合は、がんになっても手術を受けるまでに1年待ちといったケースもあります。ですから、効率化といっても一長一短なのです。日本はすぐに検査して治療を受けられるアクセスがあります。その意味では、世界でも稀に見るほど患者様の利便性を実現できていると言えますが、その分、無駄も多いと。

 ─ どうしても医療機関側に負担がかかってしまうということにもなってしまいますね。

 上妻 ええ。大きな病院に過剰に負担がかかってしまうケースが多いですね。そういった課題をどうするかという合意はできていません。行政の発信も少ないですし、国民の甘えもあるでしょう。一方で医療界も患者様のフリーアクセスを頑なに守ろうとしていますからね。

医療現場における働き方改革

 ─ そういった中で2024年は医療現場では働き方改革の規制が始まります。

 上妻 そうですね。勤務医の残業時間が長くなっていることに加え、若い医師の不足という課題があります。この遠因には給与の問題があって、大学病院で学ぶ大学院生には給与が払われていないという現実もあります。彼らにとっては外でのアルバイトが重要になるのです。しかし、それらの収入を合計しても世の中の普通の病院の勤務医と比べても報酬は低い。

 このアルバイトの時間をどのように扱っていくかが重要です。中には当直を担うケースもあります。しかも、地域医療の当直をやったときに、それを労働時間にカウントされると、それも残業時間に加わってくるので、あっという間にものすごい残業時間になってしまいます。一般的に当直時間だけで、時間外労働は毎月100時間を遥かに超えてしまう状況にあるのです。

 ─ これなくして医療は成り立たないわけですね。

 上妻 そういう地域がたくさんあります。20万人の都市で当直がいなければ、その地域の医療は成り立たなくなると言われていますからね。ですから、今は「寝ている」という扱いの「宿日直許可」というものを各病院はとっています。労働時間に入れないようにするために、実際には寝ていませんが、寝ている当直という扱いの宿日直許可という制度をとっているのです。

 ですから医療現場はかなりギリギリの状態にあります。しかし、そのような窮余の策を取らなければ勤務時間の問題に引っかかってしまうからです。そして、宿日直許可も寝ている普通の労働ではないという扱いをされますので、翌日も普通に勤務をするのです。本人は大変です。もともと医療業界はそういった慣習で成り立っていたのです。

 当直でずっと日勤をし、その後に当直をして、それでずっと大変だった場合でも、翌日も普通の勤務をすると。連続36時間勤務も当たり前だったわけです。もちろん、途中で仮眠をする時間もありますが、急患で呼ばれてしまえば処置に当たらなければなりません。そもそも労働の形態として本来はおかしかった。

 ─ そこにメスが入ることなくズルズルと来たのですね。

 上妻 はい。それで長年、日本の医療界は続いてきたのです。しかしそこに今回、働き方改革という名前でメスを入れることになったわけです。しかし実態は宿日直許可という形で、それをカウントしないという形になってしまうことが多くなっていて、結局は根本的な問題は解決されないのではないだろうかと。

 ただ、働き方改革をやらないと、地域の救急が破綻してしまうというところもたくさんあることも事実でしょうね。結局は、それが嫌になって勤務医を辞めて、どんどん開業していく医師が増えているのです。ですから、病院を集約化するというのも、ある意味で正しいと思います。

 ─ この旗振り役は誰が務めればよいのでしょうか。

 上妻 行政ではないでしょうか。行政がきちんと規制をして病院の集約化に向けた方向性を示す必要があると思います。

救急現場や医療費の在り方は?

 ─ もちろん、国民も医療の実態に向き合うべきですね。

 上妻 国民にある程度分かってもらうことが重要です。救急にしても、対応できない地域がたくさんあるという現実を理解してもらって、仮に持病があって救急にかからなければいけない患者様も医療過疎の地域には住まないようにしていただくと。

 私が理事長を務める日本心血管インターベンション治療学会でもそういった情報をプレス向けに発信したりしています。ただ、働き方改革は以前からアナウンスしており、その対策ができていないのは病院側の責任だという反論があるのも事実です。しかし、これは現実として知っていただかないといけません。

 おそらく今年4月から働き方改革が実施されても、実際には実行できず、なし崩し的な感じで宿日直許可と同じような仕組みでスタートするのではないかと思います。何年かかけて実行するようにと言われてきましたが、なかなかうまく実行できないというのが現実なのです。

 実際に働き方改革を実行したら今の医療現場が破綻する、崩れてしまうという可能性は十分にあるのではないかと思います。そのことに気づいている人があまりにも少ないことが問題です。

 ─ 危機意識の共有が国家的な課題となりますね。

 上妻 そうですね。特に救急の現場は大変です。24時間体制で心臓や脳といった難しい領域の治療にも当たらなければなりませんからね。日中の医療で対応できる診療科の当直については、確かに宿日直許可でも良いとは思いますが、救急現場をどうするかも大きな課題です。

 医療費を考えてみても、まずは国民の命を守るための医療にしっかりと重点を置くことが大事です。抗がん剤も命を守る大事なもので、有効性が高いものは大事だと思いますが、何カ月かの延命に何千万円という医療費がかかったりもします。医療費の費用対効果をしっかりと科学的に分析した上で、医療費のあるべき姿を考えなければなりません。何事もバランスが大事なのです。