量子科学技術研究開発機構(QST)は2月21日、元素比率1:1の時に持つ極めて大きい電子移動度を持つと考えられてきた量子材料の1つ「ヒ素化タンタル」(TaAs)結晶が、元素比率が6:4に大きく崩れた場合でもその極めて大きな電子移動度が保持されることを実験的に見出したと発表した。

同成果は、QST 高崎量子応用研究所 先進ビーム利用施設部の河裾厚男上席研究員、大阪大学大学院 理学研究科の村川寛助教、京都大学大学院 工学研究科の須田理行准教授、同・関修平教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学協会が刊行する応用物理学に関する全般を扱う学術誌「Journal of Applied Physics」に掲載された。

量子材料とは、電子やスピンの状態を人為的に制御することで新たな量子力学的機能を発現する材料のことで、TaAsもその1つだ。TaAsは、半金属元素のヒ素(As)と金属元素のタンタル(Ta)から成り金属と半導体の中間的な性質を持つ合金で、大きな電子移動度が発現することなどが特徴。この性質を利用することで、超低消費電力デバイス開発などへの応用が期待されている。

電子移動度とは、固体中での電子の移動のしやすさを表す物理量(物質中の電子の定常状態の速度と、そこに掛かる電界の比例定数から導かれる)のことで、数値が大きいほど電流を流すため、電子デバイスの性能向上に寄与する。TaAsは100万cm2V-1s-1と、シリコンの1000倍程度大きく、それだけ電子がデバイス中を高速で移動できるため、より性能の良いデバイス作製が可能となる。これまでTaAsでは、両元素の比率が1:1の時に大きな電子移動度を持つと考えられてきたが、研究チームは今回、そのバランスを崩した時に電子移動度が変化するのかを調べたという。

  • 主なデバイス材料の電子移動度の比較

    主なデバイス材料の電子移動度の比較(出所:QSTプレスリリース)

そして実験の結果、結晶構造に原子の欠損がほぼないのであれば、元素比率がそろっていない場合でも、そろっている結晶と同程度の電子移動度が実現することが証明されたとする。

続いてその原因を究明するため、電子顕微鏡観察やX線結晶構造解析を用いて、元素比率が6:4に大きく崩れたTaAs結晶の構造解析を行ったという。すると、電子顕微鏡観察やX線結晶構造解析ではきれいな結晶構造が形成されていることを示す結果が得られたとのこと。さらに原子レベルで分析が可能な陽電子分析法により、格子上の原子の欠損(格子欠陥)は、わずか10万か所に1か所しかないことが判明したという。

  • 陽電子分析法のイメージ図

    陽電子分析法のイメージ図(出所:QSTプレスリリース)

格子欠陥とは、結晶中の規則正しい繰り返しパターンが崩れた箇所の総称で、不純物混入や温度による原子の移動などの原因で形成される。格子欠陥が生じることにより、一般的には機械的強度や電気特性が低下してしまう(半導体ではその特性向上に利用されている)。なお格子欠陥には、結晶格子の存在すべき原子が不在となってしまった原子空孔(格子上原子の欠損)と、本来存在すべき原子が異なる原子に置き換わってしまったアンチサイト欠陥があり、今回の場合は後者で、余剰に存在するTa原子が、本来As原子が占める結晶格子の位置に収まっていることが初めて実験的に示されたとした。

  • 格子欠陥のイメージ図

    格子欠陥のイメージ図(出所:QSTプレスリリース)

今回の研究成果は、元素比率が揃わないTaAs結晶でも、結晶格子に原子の欠損がほとんどないアンチサイト欠陥の構造を取れば、元素比率が揃った結晶と同等の電子移動度が得られることがわかった。組成比が大きくずれても電子移動度が変わらないという現象は、アンチサイト欠陥に起因するものなのか、それ以外の理由によるものなのかは不明であるため、今後の研究が期待されるという。また今回の成果により、量子材料の元素比率を精密に制御することなく産業レベルでの大量生産を見据えた量子材料開発が期待されるとしている。

  • 従来デバイスと量子デバイスにおける素子の性質の違い

    従来デバイスと量子デバイスにおける素子の性質の違い(出所:QSTプレスリリース)