『謙虚』『誠実』─。福地茂雄さんの人柄を思うときにこの言葉が思い浮かぶ。享年89。
アサヒビール社長には1999年、瀬戸雄三氏の後を受けて就任。2002年会長、06年相談役という道のり。経営の第一線を退いた後は、メセナ協議会理事長や東京芸術劇場館長に就任(07年)。そして08年1月には第19代NHK会長に就任。温厚な人であり、芯の強い人ということで社会的な団体・組織の長に押されたという経緯。
かつてアサヒビールは1970年代後半から苦境に陥り、住友銀行(現三井住友フィナンシャルグループ)出身の樋口廣太郎氏の手で再生。『スーパードライ』という新商品が大ヒットしての再生劇であった。福地さんの社長就任は大商品ヒットから12年後のこと。新商品開発の成功に驕ることなく、気を引き締めて経営に臨むという心境。
福地さん流に言えば、あくまでも謙虚に誠実に仕事に取り組むということの徹底であった。この福地さんの姿勢は今の現経営陣にも受け継がれている。『謙虚』『誠実』な生き方は母・雪子さんの躾・教育にあったと本誌『財界』誌でも語っている。
「母から教わったのは心です。母は毎朝神棚にご飯やお茶のお供え物をし、お花の水を取り替えていました」と福地さんは語り、「今の自分があるのはご先祖様のおかげです」とよく口にしていた。社長就任の際には実家(北九州市)に帰り、母・雪子さんが丸めた新聞紙で福地さんの頭をポコンとたたく写真が報道されたが、「社長になったとしても、あくまでも謙虚に…」という母の教えであった。
2002年会長になった後も、勝ち負けがはっきりする二極化時代を迎えている中、「平均点では生き残れない」として経営の価値観、基本軸を全員で共有することが大事と訴え続けた。「最高の品質と心のこもった行動でお客様の満足を実現」というのが福地さんの口癖であった。この理念はいまに続く。