京都大学(京大)は2月19日、金(Au)に銀(Ag)を加えた合金を使った新構造の「プラズモニックショットキーデバイス」(以下「PSD」と省略)を開発し、ヒトの目に害を及ぼす危険性がないとされる近赤外光のうちの「アイセーフ波長」(波長1400~2600nm)の光通信に対応可能な光電変換効率を向上することに成功したと発表した。
同成果は、京大大学院 理学研究科の北川宏教授、京大 白眉センターの草田康平特定准教授、パナソニックホールディングスの岡本慎也主任研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学学会が刊行する材料と界面プロセスを扱う学術誌「ACS Applied Materials & Interfaces」に掲載された。
近赤外光はイメージングやアイセーフ波長により長距離センシングなどへの応用が期待されているが、広く普及しているシリコン(Si)光検出器は、バンドギャップに対応する波長1100nmまでの光しか検出できないことが課題だ。そのため、SiベースのPSDを近赤外領域の汎用的な光検出器に応用するための研究が進められている。
SiベースPSDで重要な役割を担うのが、金属と半導体の接合界面に形成されるエネルギー障壁である「ショットキー障壁」だ。光と金属表面の自由電子の集団運動が共鳴する現象である「表面プラズモン共鳴」によって、近赤外領域の光を吸収するように設計された金属ナノ構造では、光励起された電子がショットキー障壁を超えて加速され、Siの伝導帯へ注入されることで電荷分離された結果、光電流が発生する。
しかし、安定性などから最も利用されているプラズモン材料のAuとSiの間のショットキー障壁はおよそ0.7eVと過剰に高く、特に1.0eV以下(波長1240nm以上)の近赤外領域の光で励起された電子のSiへの注入過程において、光検出感度の低下につながることが課題とされてきた。そこで研究チームは今回、合金を用いてSiとの間に形成されるショットキー障壁の高さを制御し、近赤外領域の光検出感度の向上を目指したという。
ショットキー障壁の高さは、理想的な界面では金属の仕事関数と半導体の電子親和力の差で表される。そこで今回の研究では、Auと、Auよりも仕事関数の低いプラズモン材料のAgとの合金で、プラズモニックナノ構造が作製された。まず、原子レベルで平坦で欠陥がほとんどない清浄なSi基板表面に、AuAg合金を蒸着源に用いてアークプラズマ蒸着が行われた。構造解析の結果、アークプラズマ蒸着のパルス数によって異なるナノ構造がSi表面に形成されることが確認され、また上部のナノ粒子の密集度はアークプラズマ蒸着のパルス数で制御できることも判明したという。
続いてデバイス断面の元素分析を行い、作製されたナノ構造はAuAgナノ粒子/SiO2膜/AuAg膜/Siであることが確かめられた。さらに、AuAg膜/Si界面にシリサイドや酸化膜はなく、AuAg/Siが直接接合した均一なショットキー障壁が形成されていることも確認されたとする。
また、AuAgナノ粒子とAuAg膜は蒸着源とほぼ同じ合金組成比で制御できることが判明。このナノ合金構造はわずか1分で作製可能で、リソグラフィによる金属ナノ構造の微細加工や金属薄膜の高温アニールによる金属ナノ粒子の作製に比べ、アークプラズマ蒸着はワンステップで基板上に金属ナノ粒子を作製できる簡易な手法として応用が期待されるとした。
次にデバイスの光学特性を調べたところ、Si基板上に形成されたAuAgナノ構造は近赤外領域でプラズモン吸収を示すことがわかった。さらに、光通信で用いられる近赤外光(波長1310nmと1550nm)が照射され、デバイス特性が調べられた。するとどちらの光も、Siのバンドギャップエネルギーに満たないが、光電流の発生が確認されたという。これは、AuAgナノ構造のない参照デバイスでは確認できないことから、AuAgナノ構造のプラズモン吸収により励起されて生成した電子が、ショットキー障壁を超え加速されてSiの伝導体に注入されたことで電流が発生したことが示されているとしている。
そして研究チームは、AuAgの組成比を変えたデバイスの光応答を調査。すると、Agの組成比を大きくするにつれて光電流が増大し、Au40Ag60のデバイスで最大となったとする。この結果は、Agとの合金でショットキー障壁の高さが低減され、励起された電子のSiへの注入効率が向上したことが示されているという。
Au40Ag60からさらにAgの組成比を大きくすると光電流の値は低下することから、光電変換効率を向上させるためには電荷分離に必要な適切なショットキー障壁の高さに精密に制御する必要があり、今回の研究では合金組成比によってそれが実現されたことを意味するとのこと。さらに、このように電荷分離に重要な役割を担うショットキー障壁がAuAg膜の形成によってSi基板全体に均一に広がっていることも光電変換効率向上に寄与していることが突き止められた。
なおこれらに基づき、今回作製されたデバイスの内部量子効率は、ゼロバイアス駆動のSiベースPSDにおける先行文献に対し、大きく向上したという(波長1310nmで約4.6倍、波長1550nmで約6.5倍)。
研究チームは今回の研究成果について、これまでの課題だった励起された電子の半導体への注入効率改善による光電変換効率の向上に加え、利用波長をさらに拡張することにもつながるとする。それにより、センシング技術の発展に加え、太陽光の有効利用などへの貢献も期待できるとし、今後はプラズモンによる光制御技術と合わせ、利用波長を拡張・精密制御する技術を確立することで、新たなアプリケーションへの展開を目指すとしている。