青山学院大学(青学)は2月15日、量子の世界で起こる同期現象の「超蛍光」を用いて、レーザ光の瞬間強度を7桁以上も増強することに成功したと発表した。

同成果は、青学 理工学部 物理科学科の北野健太助教、同・前田はるか教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

タイミングがバラバラだった複数のメトロノームの振り子の動き(左右の振幅)が、共通の土台を介して相互作用することでタイミングが自発的に揃う現象などといった、自発的な同期現象はさまざまな場面で見られる。シグナル強度(メトロノームの場合は平均振幅)の増強、より正確にはS/N比の向上は、多種多様な同期現象に付随する共通の産物だという。

  • 複数のメトロノームが一定時間経過後にそろって運動する様子

    バラバラに振り子を左右に振る複数のメトロノーム(上)が、一定時間経過後にそろって運動する様子(下)(出所:青学Webサイト)

古典力学の世界だけでなく、量子力学の世界でも同期現象は存在する。それが超蛍光だ。原子に代表される量子性が顕著な物質(以下、量子物質)がエネルギーの高い状態に励起されると、その内部エネルギーが光へと変換され、蛍光として自由空間に放出される。この現象は「自然放出過程」と呼ばれ、物質と真空場との相互作用に起因する。多数の量子物質が同時に励起された場合、各量子物質は共通の真空場を介して相互作用し、その結果として各々の量子物質は発光のタイミング、つまり位相をそろえ、一般的な蛍光とは異なる高いピーク強度を持った光パルス(超蛍光)が放出されるのである。

  • N個の振動体の位相がそろっていない場合とそろった場合の信号強度の比較の模式図

    N個の振動体の位相がそろっていない場合(a)と、そろった場合(b)の信号強度の比較の模式図(出所:青学Webサイト)

この超蛍光が持つ増幅(アンプ)特性を光デバイス開発へと適用するために研究が行われているが、1つ大きな問題点があるとのこと。超蛍光は真空場の量子ノイズを増幅する過程であるため、そのノイズを反映して、超蛍光の絶対位相が光パルスごとに揺らいでしまう点だ。メトロノームに例えるなら、振り子の位相は自発的に揃うものの、ある時刻にすべての振り子がどこを向いているのかまでは制御できないことに類似しているとする。

超蛍光の絶対的な位相は不定だが、実際のところは原子集団から最初に放出された光子の位相に揃うと考えられている。超蛍光では、初めに放出された光子が呼び水となって同じ位相の光子が次々と放出されることから、“光子雪崩”とも呼ばれている。そこで研究チームは今回その光子雪崩に着目し、超蛍光の波長と共鳴した微弱なレーザ光を原子集団に照射した条件下で超蛍光を発生させる実験を行ったという。

実験で超蛍光とレーザ光との干渉測定を実施し、両者の位相関係が実験的に調べられた。すると、レーザ光の位相が超蛍光の位相へと転写されていることが判明。レーザ光と超蛍光の位相が同期していることを示す「量子ビート」が明確に観測されたとする。

研究チームによると、この結果で重要なのは、照射されているレーザ光は極めて微弱であり、超蛍光の光子雪崩を引き起こす最初の光子を原子集団に注入したに過ぎないという点だという。超蛍光として放出される光エネルギーは原子集団の内部エネルギーから提供されることに何ら変わりはない。つまり、この結果を言い換えれば、微弱なレーザ光の光強度が超蛍光によってコヒーレントに増幅されたと捉えることもできるとのこと。そして、実験結果から実に瞬間強度にして7桁も増幅していることが突き止められたとしている。

  • (a)レーザ光とレーザ光によって駆動された超蛍光との干渉測定による実験結果。(b)超蛍光によるレーザ光の増幅過程の模式図

    (a)レーザ光とレーザ光によって駆動された超蛍光との干渉測定による実験結果。(b)超蛍光によるレーザ光の増幅過程の模式図(出所:青学Webサイト)

このような飛躍的な増強は、超蛍光の光子雪崩のメカニズムから説明することができるという。実験結果から超蛍光に関与した、つまり同期された原子の数は約108個と見積もられた。つまり、たった1個の光子が呼び水となって、約108個の光子からなる光パルスが放出されたことになる。同期させることができる原子の数には上限があるものの、超蛍光が極めて強力な光アンプとして機能することが実証されたのだ。

研究チームは、今回超蛍光が光アンプとして機能することが実証されたが、その可能性の極めて一部が解明されたに過ぎないとする。今回の研究では増幅前後の光に関して、光強度という古典量のみが測定対象とされていたからだ。要は、超蛍光が量子力学の同期現象にも関わらず、今回はその古典的な側面を中心に明らかにされたに過ぎず、量子力学の同期現象が古典力学のそれとは何が異なるのか、という本質的な問題に関しては未解明のままとしている。

その問いに答えるためには、増幅前後の光の量子状態を観測することが必要不可欠だという。たとえば、量子性が顕著な“非古典光”を入力光とし、増幅後の超蛍光の量子状態を観測し、微弱な量子信号がどのように増幅されるのかを解明できれば、「量子光アンプ」の開発につなげることも期待できるとする。

また今回の研究の背景には、ミクロとマクロの世界がどのようにつながっているのかという根源的な問いがあるとし、量子力学の未解決問題としてよく知られる「シュレディンガーの猫」を研究するためのヒントが隠されている可能性があるともしている。