理化学研究所(理研)と科学技術振興機構(JST)の両者は2月14日、「シリコン量子ドットデバイス」において、電子スピンの状態を高速かつ高精度に測定することに成功したと共同で発表した。
同成果は、理研 創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループの武田健太上級研究員、同・野入亮人研究員、同・樽茶清悟グループディレクター(量子コンピュータ研究センター 半導体量子情報デバイス研究チーム チームリーダー)らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の量子情報に関するオープンアクセスジャーナル「npj Quantum Information」に掲載された。
量子コンピュータが扱う量子ビットは、現在さまざまな物理系を用いて研究開発が進められている。それぞれ優れた点があるが、シリコン量子ビットは、既存の半導体産業の集積技術と相性が良いことから大規模量子コンピュータの実装に適しているとされる。
量子コンピュータはノイズの影響を受けやすいため、大規模化するにはそれを取り除ける誤り耐性の仕組みが必要だ。これまで研究チームでは、誤り耐性量子計算に必要な基本操作のうち、99%以上の高い精度を持つ1、2量子ビットの操作を実現済みだ。しかし量子ビットの測定に関しては、精度も速度も不十分な性能だったという。
そこで今回の研究では、従来の単一電子のトンネル現象を測定する方法ではなく、2つの量子ドット中のスピン状態が平行か反平行かを測定する方法の実装および改善によって、高速かつ高精度なスピン読み出しを試みることにしたとする。
まず、シリコンスピン量子ビットで一般的に用いられるシリコン/シリコンゲルマニウム半導体基板上に微細加工を施すことで、量子ドット構造が作製された。微細ゲート電極に加える電圧を制御することで高い自由度で量子ドットが形成され、その電子スピンの状態を制御できるという。
スピン量子ビットでは、通常、単一のスピンを直接単発測定することは困難なため、スピン状態を電荷状態に変換して、その測定によって行う(スピン電荷変換)。その最も単純な方法は「エネルギー選択トンネル」だが、実時間トンネル信号の検出のため測定時間が長い上、高精度な測定が困難という課題を抱えていた。
そこで今回は、2つの量子ドット間のスピン状態に依存したトンネル現象(スピンブロッケード現象)を用いたスピン状態の測定を行うことにしたとする。電子はフェルミ粒子であるため、パウリの排他原理により同じ向きの電子スピンを持つ電子は同じエネルギー準位を専有することはできないため、2つの電子スピンが反平行の場合のみ量子ドット間での電子の移動が起こり、平行な場合には移動は起こらない。この方法では、電子の移動に伴う電荷信号の実時間検出が必要でないことから、測定に必要な時間を大幅に短くできるなどの利点がある。ただし、2スピン状態を扱う場合、特有の課題も複数あり、高精度な測定を行うにはそれらを適切に扱うことが重要な条件となるという。
具体的な課題としては、量子ドット間の電子の移動に伴う電荷信号が小さいことや、移動の際にスピンの向きが意図せず反転してしまうことなどがある。前者に関して、一般的に小さい信号を区別するためには、積算時間を長くして信号雑音比を大きくするが、量子ビットの測定では可干渉性(コヒーレンス)を維持するために短時間での測定が必要だ。
そこで量子ドット、および電荷計のデザイン改良によって量子ドット間の電子の移動に対する電荷計の感度を改善。それにより、電子スピンの位相緩和時間(約100μs)よりも十分短い2μsの積算時間で十分な信号雑音比を得ることができるようになったとした。
また後者については、通常測定中は量子ドット間のトンネル結合はほぼ一定だが、制御パルス信号の形状を工夫し、トンネル結合を時間的に変化させることで、トンネル現象に伴うスピン反転を起こりにくくすることに成功したという。これら2つの改善によって、従来の方法では80%程度だった信号の可視度を99.6%まで向上させることが実現された。
今回の研究で実現された高速、高精度なスピン状態の読み出しは、シリコン量子ビットでこれまで困難だった、量子ビット測定結果に基づくフィードバック操作を可能とするという。これによって、半導体系における誤り耐性量子コンピュータの実現に一歩近づいたといえるとした。
これまでの研究により、シリコン量子ビットでは、初期化、操作、測定などの量子コンピュータでの必須要素を十分な精度で行えるようになったとする。今後は、これらの基本動作を多数の量子ビットでできるよう拡張していくことが重要だという。半導体集積技術を持つ企業との連携などを通じ、シリコン量子ビットの大規模集積化に向けた研究の進展が期待されるとしている。