大阪大学(阪大)、国際基督教大学、京都大学(京大)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、日本原子力研究開発機構(JAEA)、J-PARCセンター、国立歴史民俗博物館の7者は2月9日、ニュートリノに次いで透過性の高い素粒子として知られる「ミューオン(ミュー粒子)」を量子ビームとして用いて、鋼鉄中に含まれる微量な炭素を非破壊で定量する方法を開発したことを共同で発表した。

同成果は、阪大 放射線科学基盤機構附属 ラジオアイソトープ総合センターの二宮和彦准教授、国際基督教大の久保謙哉教授、京大 複合原子力研究所の稲垣誠特定助教、KEK 物質構造科学研究所の下村浩一郎教授、JAEA 先端基礎研究センターの髭本亘研究主幹、国立歴史民俗博物館の齋藤努教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

  • 今回の研究成果の概要

    (左)今回の研究成果の概要。ミューオンビームを打ち込み、鋼鉄に含まれている微量な炭素に由来する電子を検出する。(右)電子のシグナル強度から、炭素が定量される。横軸はμs単位(出所:JAEA Webサイト)

鋼鉄は、主成分の鉄にさまざまな元素を添加することで、用途に合わせて硬さなどの特性を制御して作られている。その性質を制御する元素のうち、特に重要なのが炭素で、鋼鉄中に2%未満の低い濃度で含まれている。炭素は含有量が多いと硬いが欠けやすく、少ないと柔らかいがそれだけ加工しやすくなるといった特性を与える。

このように炭素の量を知ることは鋼鉄の特性を知る上でとても重要だが、これまでは非破壊かつ非接触でその分析をすることは不可能だったという。そこで研究チームは今回、ミューオンを利用することで、これまでとはまったく異なる原理に基づく鋼鉄中の微量な炭素の分析法を開発することにしたという。

  • 測定の様子

    測定の様子。「ミュオンスピン回転・緩和・共鳴(μSR)法」のために整備されていた電子検出器を用いてミュオンの寿命が測定された(出所:JAEA Webサイト)

ミューオンは電子の仲間で、荷電レプトン(軽粒子)の第2世代で、電子の約207倍の質量を持ち、2.2μsという短時間で崩壊して電子になる。研究チームは、これまでも同粒子を物質に打ち込むことで放出される「ミューオン特性X線」を用いた、文化財や地球外試料の非破壊の元素分析を報告してきたが、今回は同粒子の持つ異なる側面に注目した新たな分析法の開発が行われた。

ミューオンを物質に打ち込み停止させると、同粒子は物質中の原子に捕獲されて特徴的な「ミューオン原子」を形成する。同粒子が電子に崩壊する過程は、ミューオン原子を形成した後の同粒子が原子核に吸収される反応と競合しており、同粒子がどの原子に捕獲されたかによって見かけの寿命が異なることがわかっている。たとえば鉄に捕獲された場合は200nsであり、炭素に捕獲された場合は2μsとなる。研究チームは、同粒子の寿命が原子に固有であることに注目し、同粒子が崩壊して発する電子の測定から物質中の元素組成の情報が得られる、つまり元素分析ができるという新たな着想を得たという。

  • 炭素0.42%を含む鋼鉄から得られたミューオンの寿命スペクトル

    炭素0.42%を含む鋼鉄から得られたミューオンの寿命スペクトル。スペクトルをフィッティングすることで、鋼鉄中の炭素に由来するシグナル強度が決定された(出所:JAEA Webサイト)

今回の研究では、まず分析法の実証のために組成のわかっている鋼鉄を利用して、その炭素濃度とミューオンの寿命測定から得られるシグナル強度の関係が調べられた。炭素濃度と同粒子によるシグナル強度の間には、きれいな直線関係があることが確認され、同粒子の分析により微量な炭素が定量分析できることが示されたとする。また、その関係から炭素の検出下限濃度は140ppmであると見積もられた。今回の実験では、別の用途のために整備されていた検出システムが流用されており、今後専用の測定システムを開発することで、より微量な炭素についても分析できることが期待されるとしている。

  • 鋼鉄中の炭素含有量と、ミューオンで分析された鉄と炭素のシグナル強度比の関係(検量線)

    鋼鉄中の炭素含有量と、ミューオンで分析された鉄と炭素のシグナル強度比の関係(検量線)。この直線関係より、ミューオンによる分析値が炭素濃度に換算される(出所:JAEA Webサイト)

次に、非破壊で位置(深さ)選択的な分析が可能であるかが調べられた。ミューオンは透過力の高い量子ビームであり、エネルギーに応じて物質中で止める深さ、つまり分析する深さを制御することが可能だ。今回、3種類の異なる鋼鉄を重ね合わせた積層試料に、それぞれの層の中心で停止するようなエネルギーで同粒子を打ちこんで、その寿命スペクトルが取得された。それぞれのエネルギーごとの炭素分析値が求められたところ、破壊分析により調べた炭素含有量と一致し、今回の分析において積層試料の層ごとに選択的に同粒子を止め、分析できていることが確認できたとした。

  • 積層鋼鉄試料へのミュオンによる非破壊深さ選択分析実験の概要と結果

    積層鋼鉄試料へのミュオンによる非破壊深さ選択分析実験の概要と結果(出所:JAEA Webサイト)

今回の手法は鋼鉄の品質管理だけでなく、日本刀などの貴重な文化財への適用も期待されるほか、今回の手法は原理的には鋼鉄中の炭素の分析以外にも適用可能で、金属中の酸素の分析などさまざまな応用的な手法の展開が期待されるとしている。