北海道大学(北大)と北海道科学大学(北科大)の両者は2月7日、複数のタンパク質に同時に結合する足場タンパク質として、細胞内シグナル伝達に関わるタンパク質(アダプター分子)の一種である「STAP-1」が、T細胞による免疫応答活性化と、それに伴う自己免疫疾患発症に関与する新たな機能を持つことを見出したと共同で発表した。
同成果は、北大大学院 薬学研究院の松田正教授、北科大の柏倉淳一教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、免疫学に関する全般を扱う学術誌「The Journal of Immunology」に掲載された。
体内に侵入したウイルスや細菌といった異物を排除するための「免疫応答」では、さまざまな免疫担当細胞が働く。樹状細胞やマクロファージなどは、ウイルスや細菌を貪食・分解し、異物断片(抗原)を提示する役割を担う。またT細胞表面に存在する「T細胞受容体」(TCR)が抗原を認識すると、T細胞が活性化され、B細胞の抗体産生や感染細胞に対する細胞傷害活性を誘導する。
TCRは、CD3タンパク質分子群(γ、δ、ε、ζ)など種々のタンパク質と複合体を形成している。一般的に、抗原認識によりTCR複合体に存在するリン酸化酵素「LCK」の活性化に端を発し、TCR下流シグナル分子群(ITKやPLC-γ1など)のチロシンリン酸化が起こり、NF-κBやNFATなどのT細胞増殖因子である「IL-2」などの遺伝子発現を誘導する転写因子が活性化される。そしてその結果、IL-2産生やT細胞の増殖・活性化が起こり、異物に対する免疫反応が完成する。
この過程で、TCRを介するシグナル伝達は不可欠で中心的な役割を果たす一方、異常亢進が発生すると自己免疫疾患やアレルギーの発症を誘導してしまう。しかし、TCRシグナル伝達の制御機構の詳細な全体像はまだ不明な点が多く、それを解き明かすことがさまざまな免疫疾患の発症機序の解明やそれらの新規治療法の開発に大きく貢献すると期待されている。
これまで細胞内シグナル伝達において、リン酸化酵素をはじめとする酵素群や転写因子の活性化を制御するアダプター分子の1つであるタンパク質「STAP-1」の働きについて研究してきたのが研究チームだ。今回の研究では、STAP-1が自己免疫疾患やアレルギーの発症を引き起こすT細胞の活性化においてどのように働くのかを検討したという。
TCRシグナル伝達におけるSTAP-1の役割を解析する実験材料として、野生型およびSTAP-1欠損マウスから回収されたT細胞やSTAP-1を過剰発現させたヒトT細胞白血病株「Jurkat細胞」が用いられた。まず、採取された細胞の生体内におけるT細胞の分化状態が解析され、次にTCR下流のシグナル分子群の活性化(リン酸化)、試験管内で抗原刺激でのT細胞の活性化が評価された。それに加え、シグナル分子群との相互作用の有無を解析し、T細胞活性化に伴う免疫疾患やアレルギーの発症モデルとして、気管支喘息モデルや、実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)モデルも用いられた。
その結果、野生型とSTAP-1欠損マウス間で総T細胞数および「CD4」、「CD8」発現T細胞数に差異は認められなかったとのこと。つまり、STAP-1欠損はT細胞の産生・分化に影響を及ぼさないことが考えられるという。なお抗原刺激の代替として抗CD3抗体処理を行ったところ、T細胞増殖、TCR下流シグナル分子群の活性化(リン酸化)やIL-2産生誘導は、野生型T細胞と比較してSTAP-1欠損T細胞において低下していることが観察されたとする。以上の結果から、STAP-1は、抗原刺激によるT細胞活性化を正に制御することが示されたとしている。
さらに、STAP-1タンパク質はTCR下流シグナル分子で働くリン酸化酵素LCK並びにITKやPLC-γ1と相互作用することが判明。結果として、STAP-1は、これらシグナル分子の結合と、TCR下流シグナル伝達をそれぞれ増強させることが確認された。つまり、STAP-1は抗原刺激によってLCK、ITK、PLC-γ1複合体形成を誘導し、TCR下流へのシグナル伝達を増強させることが明らかにされたのである。
次にSTAP-1の発現意義について、種々の自己免疫疾患マウスモデルを用いて生体内評価が行われた。気管支喘息の病態であるアレルギー性気道炎症の発症にはヘルパーT細胞のサブセットの1つであるTh2細胞が関与し、さまざまなTh2サイトカインを産生することで好酸球性の炎症を引き起こす。
STAP-1欠損マウスでは、卵白アルブミン投与で誘導される気管支喘息モデルでの病態形成が減弱しており、肺胞洗浄液中(BALF)中のTh2サイトカインIL-5、IL-13量が低下し、BALF中の好酸球数も減少していたという。また、STAP-1欠損マウスでは、MOGペプチド免疫により誘導される神経症状など臨床症状が軽微であり、脊髄内へのT細胞浸潤や炎症性サイトカインIFN-γ、IL-17発現の低下が観察されたとしている。
以上の結果から、STAP-1が足場となって形成されるLCK/ITK/PLC-γ1の分子間相互作用がTCRシグナル伝達を正に制御すること、さらに、その過剰なT細胞活性化が自己免疫疾患やアレルギーの増悪化に関与することが突き止められたとする。
研究チームは今回の研究成果を受け、今後STAP-1を標的とした新規治療薬の開発が進むことが期待されるとしている。