東邦大学は2月7日、抗うつ薬「ネファゾドン」が、臨床で到達可能な血中濃度範囲で既存のアルツハイマー病(AD)治療薬と同程度の薬理作用(アセチルコリンエステラーゼ(AChE)阻害作用)を示す可能性を示したことを発表した。

  • 今回の研究成果の概要

    今回の研究成果の概要(出所:東邦大Webサイト)

同成果は、東邦大学薬学部薬理学教室の小原圭将講師、同・吉岡健人講師、同・田中芳夫教授らの研究チームによるもの。詳細は、日本薬学会が刊行する薬学および健康科学に関する全般を扱う欧文学術誌「Biological and Pharmaceutical Bulletin」に掲載された。

AD患者の脳内では、認知機能や学習機能に関与する「コリン作動性(C)ニューロン」の数や、記憶・学習に関与する主要な伝達物質である「アセチルコリン」(ACh)の合成酵素の活性が低下していることがわかっている。そのためAD患者に対しては、脳内のACh量を増加させるため、AChE(AChを分解し、その量を低下させる酵素)を阻害する薬物が用いられる。AD治療薬によるAChEの阻害は、低下したCニューロンの働きを補うことで、ADの進行を抑制することが可能だ。

ADは進行に伴い、幻覚、興奮、うつ、不安、睡眠障害などの行動・心理症状(BPSD)も生じる。そうしたAD患者では、それらの症状を軽減するために、統合失調症治療薬、抗うつ薬、催眠薬、抗不安薬などの向精神薬を用いた治療が行われることがある。これらのBPSDの症状緩和に用いられる薬物は、既存のAD治療薬と同様に、AChE阻害作用を示し、脳内のACh濃度を上昇させる場合、BPSDの症状緩和効果を示すのみならず、ADの進行抑制に寄与する可能性があるという。研究チームはこれまで、臨床で使用されている26種類の統合失調症治療薬がヒトAChEの活性を阻害する可能性を検討し、そのうち「アリピプラゾール」が、臨床で達成可能な血中濃度範囲内でAChE阻害作用を発揮する可能性があることを発見していた。

統合失調症治療薬以外に、BPSDに使用される一部の向精神薬は、AChEを阻害する可能性が報告されているが、すべての向精神薬に対する網羅的な評価は行われておらず、実際に患者に用いられる用量でAChE阻害作用が発現しうる可能性は検討されていなかったという。そこで研究チームは今回、遺伝子組み換えヒトAChEに対する31種類の抗うつ薬、21種類の催眠薬、12種類の抗不安薬の阻害作用をDTNB法により評価したとする。

まず、臨床で用いられる濃度範囲よりも高濃度である10-4Mを用いて、これらの薬物のAChE阻害作用が評価された。すると、22種類の抗うつ薬、19種類の催眠薬、11種類の抗不安薬はAChE活性を20%未満しか阻害していないことが確認された一方で、9種類の抗うつ薬、2種類の催眠薬、1種類の抗不安薬はAChE活性を20%以上阻害することが判明したという。

これらの薬物の中で、ブロチゾラムが最もAChE阻害作用が強力であり、10-6MからAChE阻害作用を示し、そのpIC50値は4.57と算出された。それ以外の薬物では、セルトラリンおよびブスピロンは3×10-6Mから、アモキサピン、ネファゾドン、パロキセチン、シタロプラム、エスシタロプラム、ミルタザピン、トリアゾラムは10-5Mから、クロミプラミンおよびセチプチリンは3×10-5MからAChE阻害作用が示されたとしている。

次に、それらの薬物のAChE阻害作用の効力と、文献調査を行うことで得られた臨床で到達しうる血中濃度範囲が比較された。すると、ネファゾドンのみが臨床用量で達成可能な血中濃度範囲内でAChE阻害作用を示すことが確認されたとのこと。つまりネファゾドンは、抗うつ作用によってBPSDのうつ症状を改善するだけでなく、AChE阻害作用によってADの認知症状の進行を遅らせる可能性が示唆されたのである。

なおネファゾドンとは「セロトニン5-HT2A受容体」を強力に遮断し、脳内神経伝達物質のセロトニンやノルアドレナリンの再取り込み阻害作用も併せ持つ抗うつ薬だ(希な副作用として肝障害を引き起こすことが明らかにされ、現在では米国のみで使用されている)。

ただし研究チームによると、ネファゾドンのAChE阻害作用は、ドネペジル、リバスチグミン、ガランタミンなどの既存のAD治療薬のAChE阻害作用と比較すると弱いものであるため、ADの認知症状に対する効果は限定的である可能性があるとしている。