電気が使えない状況にあった時、手軽に身体を温められる方法には大きく分けて2つある。1つ目は、運動する、温かい飲み物を飲む、といった方法で“身体の内側から”温めるもの。そしてもう1つは、たき火や使い捨てカイロといった道具を使って“身体の外側から”温める方法だ。

外から身体を温めるもののうち、たき火は薪を燃やすことで熱を生み出しているのに対し、使い捨てカイロは内側で何かが燃えているわけではない。カイロの内側で起きているのは「酸化還元反応」と呼ばれる化学反応だ。

今回の記事では、使い捨てカイロが温かくなる仕組みを解説。さらに、温かい状態を長時間保つための工夫や、使い捨てカイロを使った科学実験についても紹介していく。

使い捨てカイロで起きる化学反応とは?

まず使い捨てカイロのパッケージを見てみよう。そこには原材料として「鉄粉、水、活性炭、塩類、バーミキュライト、吸水性樹脂、木粉」と記載されている。これらの原材料の中で、使い捨てカイロが温かくなる化学反応に使われているのは鉄粉だ。

  • 使い捨てカイロのパッケージに記載された成分表

    使い捨てカイロのパッケージに記載された成分表

鉄粉の変化を化学反応式で表すと、
4Fe+3O2+6H2O→4Fe(OH)3
となる。

鉄・酸素・水の反応は、化学反応のなかでも酸化還元反応と呼ばれるものだ。

化学反応とは、物質が変化して別の物質になる現象で、原子や分子がぶつかり合うことで起こる。その一種であり、反応する物質同士が酸素または電子を渡し合う化学反応のことを、特に酸化還元反応と呼び、この反応に際して生じる熱で使い捨てカイロは温かくなるのだ。ちなみに酸化とは、酸素と結合する、または電子を失うことを指し、使い捨てカイロの場合は鉄粉が酸化される側となり、空気中の酸素を利用することで反応が起こるのである。

つまり使い捨てカイロが袋を開けるまで温かくならないのは、空気に触れておらず化学反応が始まらないから。また使い捨てカイロを振ると温かさが復活することがあるのは、未反応だった鉄粉が新たに酸化されるからだ。そして開封から時間が経つと、すべての鉄粉が酸化してしまう。一度酸化された鉄粉はこれ以上酸素と反応できないため、冷え切った使い捨てカイロが再び温かくなることはない。

使い捨てカイロが温かくなる仕組みをまとめると、「内袋の鉄粉が酸化される化学反応に伴って熱が発生する」ということになる。そして裏を返せば、鉄粉が酸化されている間は温かさが続く。

使い捨てカイロの中の工夫

ところで、身の回りの鉄も時間が経つと錆びていってしまうが、手で触って熱くなることはない。使い捨てカイロ内の鉄粉の酸化反応に比べて、鉄くぎや鉄骨の酸化はゆっくりと起こるからだ。ここからは、化学反応の進む速さの違いが何に起因するか見ていこう。

使い捨てカイロの中身や割合は各製品で異なっており、企業ごとの工夫が隠れている。使い捨てカイロの原材料のうちいくつかは、鉄の酸化反応そのものではなく、化学反応の速さをコントロールするために入れられている。先ほど説明した通り、化学反応は原子や分子がぶつかり合うことで起こり、原子や分子がぶつかり合う回数が多いほど、化学反応は速く進む。

まずは鉄の酸化反応を速める役割を果たしている材料や工夫から見ていこう。その手法として、以下のようなものが挙げられる。

使い捨てカイロに施されているさまざまな工夫

  • 素材を工夫する
  • 鉄粉を粉状にする
  • 活性炭を添加する
  • 塩類を添加する

鉄の酸化反応を速めるためには、鉄と酸素の接触を増やせば良い。

使い捨てカイロの中身が鉄の塊ではなく粉状になっているのも、鉄の酸化反応を速めるための工夫だ。粉状にすることで、反応する相手である水や酸素に接触する部分(=表面積)を増やせる。粉末状にして反応効率を上げている例は多く、1~100nmのサイズまで細かくした粒子は特にナノ粒子と呼ばれている。

また活性炭は、取り込んだ酸素を蓄えている。余談ではあるが、活性炭は気体を吸着させることに長けた素材で、空気清浄機のフィルターとしても使われている。そんな活性炭は、外の空気を取り込みつつ内部に蓄えられるので、鉄は最適な量の酸素に接触し続けられる。活性炭を添加することで、鉄粉が酸素に触れ続けやすくなり、酸化反応が速くなるのだ。

材料の中に含まれる塩類も、同様に反応速度を速めるために入れられているが、反応には直接関係しない。この塩類のように、反応には直接使われないが反応を促進する役割を果たすものは触媒と呼ばれる。

鉄の酸化反応を速く進めるための材料だけでは、使い捨てカイロとしては成り立たない。温かい時間が数分しか続かなければ1日に複数個持ち歩く必要が生じるし、逆に温度が上がりすぎて火傷する事故も避けなくてはならない。

原材料に含まれているのバーミキュライトと吸水性樹脂は、水を溜め込んでおき、鉄に触れすぎないようにする役割を持つ。さらに、使い捨てカイロを包む不織布は、空気を通すが熱は伝わりにくい素材だ。酸化反応に必要な酸素は取り込みつつ、熱は逃がさない、内袋として最適な素材と言えるだろう。

使い捨てカイロを使った科学実験

最後に、使い捨てカイロを使ってできる簡単な科学実験を2つ紹介しよう。

まずは使い捨てカイロの中身と磁石を使った実験だ。使い捨てカイロの内袋を開けると黒っぽい粉が出てくる。

  • 使い捨てカイロの袋の中からは黒い粉末が出てくる

    使い捨てカイロの袋を開けると、中からは黒い粉末が出てくる

この粉に磁石を近づけるとくっつく。材料の中に鉄粉が入っているからだ。

  • 鉄を含むこの粉末は磁石にくっつく!

    鉄を含むこの粉末はもちろん磁石にくっつく!

ただし厳密に言うと、磁石にくっつく金属には鉄のほかにもニッケル、コバルトなどがあるため、この性質だけでこの粉が鉄だとは言い切れない。残念ながら家庭にあるものだけで安全にこれらの金属を見分けるのは難しいので、あくまで参考程度の実験だろう。

次に紹介するのは、使い捨てカイロが空気中の酸素を使って反応することを証明する実験。使い終わったペットボトルの中に、開封したばかりの使い捨てカイロの中身を入れ、蓋を閉じる。すると時間が経つにつれ、ペットボトルが凹んでいくだろう。空気中の酸素が酸化反応に使われて、空気が減る(気圧が下がる)からだ。

ここで注意。今回紹介した2つの実験は火傷をする危険性があるため、子どもが実験する場合には、安全に気をつけながら保護者と行ってほしい。

また使い捨てカイロは、自治体によってゴミ分別の区分が異なるため、自治体の情報を確認してから廃棄する必要がある。反応後の冷たくなった使い捨てカイロが発熱することはなく、ゴミ箱に入れたあと発火する恐れはない。そのため、粉を触っても熱くないことを確認してから廃棄すれば問題は無いだろう。

使い捨てカイロが温まるのは鉄粉が素早く酸化されるため

今回の大きなテーマだった“使い捨てカイロが温まる理由”は、原材料の鉄粉が水、酸素と触れることで、化学反応の一種である酸化還元反応を起こすからだった。

自然界でも鉄の酸化反応は起きるが、反応がゆっくり起こるため、暖を取るほどの高熱にはならない。使い捨てカイロとしての機能を持たせるため、使い捨てカイロでは化学反応を速めるための工夫が施されているのである。

使い捨てカイロは、化学反応が使われた身近な製品の代表例だ。またその他にも、電池や接着剤、花火など、化学反応を活かした製品は身近にたくさんある。原材料を見ながら、化学反応に直接関わる材料か、化学反応をコントロールする材料か、考えてみると化学の世界への興味が広がるかもしれない。こうした身近な製品を使った科学実験を通し、化学の世界を興味深く感じられるきっかけになれば嬉しい。