京都大学(京大)と情報通信研究機構(NICT)の両者は1月31日、仮想空間上で電波利用システムを模擬・評価するワイヤレスエミュレータを用いて、IoT用国際無線通信規格「Wi-SUN FAN」を搭載した1万台の無線機によるマルチホップを利用した通信試験を行うことに成功したと共同で発表した。
同成果は、京大大学院 情報学研究科の原田博司教授、NICT 総合テストベッド研究開発推進センターらの共同研究チームによるもの。
無数のセンサやメータ、モニタなどに通信機能を搭載し、都市環境におけるさまざまな課題を解決するスマートシティやスマートメータリングと呼ばれる大規模IoTシステムが現在検討されている。その実現のためには、屋外でも高品質で、なおかつ建物などによる遮蔽に対する耐障害性に優れた、堅牢な無線通信ネットワークが必要だ。その要求を満たすのが、IoT用国際無線通信規格「Wi-SUN」の1つであるWi-SUN FANだ。これはWi-SUNアライアンスが制定するIPv6でマルチホップ可能な通信仕様で、2016年5月にWi-SUN FANワーキンググループによってバージョン1が制定され、現在は高速通信、低消費電力化などに対応したバージョン1.1の規格化が進められている。
Wi-SUN FANは、すでに電気・ガス・水道のメータリングのほか、スマートシティ、スマートグリッド、高度道路交通システムなどにおけるセンサやモニタなどを用いた各種インフラ、アプリケーションにおいて、相互運用可能な通信ネットワーク技術としての導入が検討されている。その通信技術の実用化に向けて、京大では接続方式や技術の研究開発、実無線機の開発、大規模ネットワーク確立に向けた実証試験を行っており、またNICTではWi-SUNの基本通信方式の研究開発と国際標準化が行われている。
しかし、大都市を網羅するスマートメータリングネットワークの実現のためには、1000台を超える無線機を用いて自律的にネットワークを構築させ、そのネットワークを複数構築した上で、システム全体での検証が必要となる。だがこれまで、現実環境では無線機数や設置場所の制限のため実現が困難だったという。
それらの課題を解決するため、NICTが研究開発を進めてきたのが、総務省「仮想空間における電波模擬システム技術の高度化に向けた研究開発」の一環として開発が進められてきた、仮想空間上で大規模な電波利用システムを模擬・評価するワイヤレスエミュレータだ。同エミュレータでは、各種電波の利用システムを構築可能な実機で動作可能な無線機の通信機能をソフトウェアで記載し、これを仮想無線機として評価に必要な台数用意して、同エミュレータが模擬する電波伝搬環境において、通信試験を屋外実験することなく仮想空間で実施するという。
今回は、仮想無線機1万台という環境下で通信を実現するため、主に以下の4点についての研究開発が進められたとする。
- 実機で動作するWi-SUN FANの無線機の通信機能を実現するソフトウェア(以下「プロトコルスタック」)をワイヤレスエミュレータ上で仮想無線機として動作するソフトウェアとして移植すること
- 1万台の仮想無線機の評価をワイヤレスエミュレータで実施するために必要となる、無線機間の電波伝搬特性のモデルの搭載、伝搬特性に応じてパケット伝送特性を模擬し、ネットワークの構築に利活用する機能などのエミュレーション管理機能(オーケストレーション機能)の開発
- 計算機シミュレーションで得られた結果を適用し、表示可能な表示機能の開発
- 大量の無線機を仮想空間上でソフトウェア処理するための時間調整機能の開発
そして研究チームは、これらの研究開発の成果をワイヤレスエミュレータ上に搭載して、Wi-SUN FAN仮想無線機1万台(1対1000のネットワークの10セット分)を用いたマルチホップメッシュネットワークを構築し、そしてデータ通信が実現された。
今回の検証ににより、ワイヤレスエミュレータ上に1万台のWi-SUN FAN仮想無線機を配置して、マルチホップを利用した自律的なネットワークを構築、次世代スマートメータやスマートシティで要求されている規模のネットワーク構成への適用が可能であることを確認できたとする。
なお今回開発されたWi-SUN FAN仮想無線機には、実無線機で動作しているプロトコルスタックをそのまま搭載しているため、仮想環境上にて実運用に向けたパラメータ調整や新方式の提案を検証し、容易に実無線機へとフィードバックすることを可能とする。
研究チームは今後、今回の研究で確立されたWi-SUN FAN仮想無線機に、仮想空間で計算した伝搬模擬データの取り込みを行い、より現実空間に近い条件での大規模通信ネットワークの構築、維持、安定した通信の実現に向けて研究開発を進めていくとしている。