【専門家対談】購入後のエクスペリエンスでAmazonを超える 【其の一】

Eコマース・オムニチャネルコマースにおいて、CX(カスタマーエクスペリエンス)の重要性が再認識されるようになっている。リテンションの重要性の認識が高まる中、CXのトレンドについて、Innovation&Communication の吉村典也代表と、シナブルの曽川雅史執行役員に聞いた。聞き手は、「日本ネット経済新聞」を発行する日本流通産業新聞社の星野記者が務めた。

星野:Eコマース・オムニチャネルコマースにおける CX の重要性が再認識されるようになっています。

従来のCRM においてメインの施策は、商品のお届け完了後に、パーソナライズされたステップメールを配信することや、キャンペーンコミュニケーションを行うことでした。

現在は、リテンションの大切さが強く再認識されるようになっていますが、そんな中、「購入後体験」のトレンドやメリット、運用方法などについて、専門家である吉村さんと曽川さんに、事例なども踏まえながらお話しいただきたいと思っています。

<購入後体験は、AOV(平均注文額)と CLTV(顧客生涯価値)のためのコミュニケーションプラットフォーム>

星野:吉村さんは「購入後体験」という言葉を使っておられます。CX とほぼ同義だと思いますが、改めて「購入後体験」とはどのようなことを指しているのでしょうか。

吉村:まずは、自分自身が、顧客の立場で、企業の商品を購入するケースを一緒に考えてみることにしましょう。

現在、私たち消費者が、企業や商品に期待することは、絶えず、急速に変化しています。企業の現状に満足しているわけではありません。

企業が提供する商品やサービスが良いことは、もはや当たり前になっています。顧客は、企業が、商品購入に伴って提供する「体験」について、サービスや商品の品質と同じくらい重要な要素だと認識するようになっていると言われています。

つまり、企業が顧客とのあいだでどのような関係をつむぐかということは、企業の扱う、商品やサービスそのものと同じくらい重要であるということです。

曽川さんが常々口にしていることですが、Amazon での購入体験を知っている私たち消費者は、別の企業の購入体験を Amazon と比較して評価しています。

Amazon では、購入時から購入後の体験が顧客中心で設計され、提供され、絶えず改善されているということです。

曽川:今まではカスタマージャーニーと言えば、「顧客にどのように商品・サービスについて周知し、よりストレスなく、商品を購入させるか」という、商品購入までのプロセスと、リピート購入にいたる CRM施策に焦点が当たりがちでした。

CRM を、マーケティングオートメーションなどが得意としていることは、よく知られています。そんな中、私が今、着目しているのは、三つの顧客体験になります。

一つ目は、商品をカートに入れてからチェックアウトするまでの、購入中の体験です。

二つ目は、注文をして配達完了するまでの購入後のトランザクションの部分です。

そして三つ目が、CRM 領域の顧客体験です。メールだけではなく、EC サイトや SNS における「ロイヤリティープログラム」までを含みます。

あるべき購入後体験を、順序立てて説明すると、1顧客に商品のお届けに関する期待値を正しく持ってもらう2商品をお届けするまでの体験をカスタマイズする3商品お届け後になにか問題があった際のサポートを行う4顧客をファンへと導く――となります。これがコマース事業者のミッションと言って良いでしょう。

<配送予定日を活用した顧客体験で期待値と収益性を確保する>

星野:私たち消費者=顧客が体験して享受できる、購入後体験のメリットについて教えてください。

曽川:まず、購入中の顧客体験、つまり商品のお届けが、最初の重要なポイントです。よく知られているように、Amazon は、創業初期から物流への投資を積極的に行ってきました。物流網

を磨き上げることにより、顧客により早く、便利に商品のお届けができる価値提供を行ってきたのです。

日本では、それまで、ヤマト運輸、佐川急便、日本郵便がその役割を提供してきました。

Amazon が一貫して行っているのは、顧客に他にない便利な購入体験をさせることです。独自の顧客体験を設計してきています。

Eコマースにおいて各コマース事業者が、新規顧客をロイヤルカスタマーへと成長させていくためには、顧客体験を、Amazon が作り上げてきたようなものへとアップデートしていく必要があります。

コロナ禍をきっかけに、事業が立ちゆかなくなる D2C 事業者は増えています。そんな中、欧米でも、顧客のロイヤル化に関心を持ち、投資する動きが目立つようになってきています。

吉村:Amazon の購入体験における、物流の役割を考えるとき、ポイントは、「Prime 会員かどうか」なのです。Prime 会員ならば、クリスマスなどのセールの繁忙期にも、「配送予定日」や「配送場所(BOPIS・店舗受け取りや置き配も含め)」を選択できます。こうしたことは重要な顧客体験の一つです。「追加コストが発生するかどうか」「送料が確認できるかどうか」など、一つ一つが顧客体験になっています。

Amazon は、2024 年問題として課題とされている「送料無料」の表記問題や、フルフィルメント部門の業務平準化問題について、顧客の満足度に重点を置きながら、問題を解決するサービス提供しているということです。

顧客が商品を購入するときに、配送・配達に不安を感じさせないことができれば、購入転換率を 100%にすることも夢ではありません。

その際、顧客に対して企業から能動的に、商品のお届けについて案内をすることによって、「届くまでのわくわくや期待感」(=期待値)を伝えるコミュニケーションをデザインすることが重要です。配送における顧客体験のポイントは、いつ届くかわからない不安感を払拭することではありません。

一般的には、商品のお届けにかかる時間をあらかじめ想定しつつ、フルフィルメントの手順、つまり注文受付から注文確定、発送指示、発送作業、発送完了に至る具体的な工程を設計しているはずです。

この先のサービス体験として、ある年商 100 億円超のサプリメントメーカーでは、発送作業にかかる時間をあらかじめ設定し、作業ボリュームの調整をして平準化とコスト管理をしていました。

ヤマト運輸、佐川急便、日本郵便の一体型伝票の発行と同時に、顧客が配送状況をセルフポータルページで確認できるようになるコマースシステムサービスを提供するベンダーも、最近は複数生まれてきています。こうしたシステムでは、配送状況をコールセンターにも共有します。

配送状況を確認できるサービスは、Amazon の顧客体験においてもおなじみになっています。

(つづく)

<取材記者>

「日本ネット経済新聞」記者 星野耕介

<対談スピーカー>

■株式会社シナブル 執行役員 曽川 雅史

(プロフィール)

大阪本社のクラウドCRMベンダーにて法人営業でトップセールスを達成後、同社のウェブマーケティングを担当。子会社では広告事業の立ち上げに奔走。その後、2年間の個人事業主期間を経て、福岡本社のウェブコンサルティング会社へ入社。大手企業への法人営業に従事。2020年シナブル入社。これまでの経験を活かし、EC売上を向上するための顧客分析と施策提案を行っている。ウェブ接客やCRM、レコメンドエンジン、検索などの機能を一つのプラットフォームで提供することで、導入企業がデジタル施策を実現する労力やコストを削減することに貢献している。

■Innovation&Communication 吉村典也代表

(プロフィール)

製造業向けコンサルティング会社や外資系システム会社などを経て、コンサルタントとして独立。通販・Eコマース事業、CRM、フルフィルメントをWF設計・運用までを顧客視点・スタッフ視点で支援している。やずやグループが開発した「通販基幹 CRMシステム」の外販導入サポート業務で出会った事業者の課題を通じて、日本のコマースビジネスには成長の可能性、未知のカテゴリーがあると確信した。1社でも多くの企業の事業をグロースさせるためのアドバイスやサポートを実施している。