国立循環器病研究センター(国循)は1月30日、脳卒中の原因の1つである「特発性椎骨動脈解離」は枕が高いほど発症割合も高く、より固い枕では関連が顕著であることを立証し、「殿様枕症候群」という新たな疾患概念を提唱したことを発表した。
同成果は、国循 脳神経内科の江頭柊平医師、同・田中智貴医長、同・猪原匡史部長らの研究チームによるもの。詳細は、欧州脳卒中学会が刊行する脳卒中に関する全般を扱う学術誌「European Stroke Journal」に掲載された。
脳卒中は、脳の血管が詰まったり破れたりすることで脳の一部の機能が失われ、身体の一部が麻痺するなどの症状が出る疾患だ。通常は加齢によって、中には若年~中年期でも生活習慣病などによって起きるとされ、厚生労働省が発表した2022年の「人口動態統計(確定数)の概況」によれば、死因の第4位(脳血管疾患)となっている。
特発性椎骨(ついこつ)動脈解離は、脳卒中の原因の1つで、首の後ろの椎骨動脈が裂けてしまうことで脳卒中を引き起こす。働き盛りの年齢である患者の約18%に何らかの障害が残り、根本治療がないことから、発症予防のための原因究明が求められていたが、約3分の2の患者では原因不明だったという。
そうした中で研究チームは、起床時発症で誘因のない特発性椎骨動脈解離の患者の中に、極端に高い枕を使っている人が存在することに着目。「高い枕の使用は特発性椎骨動脈解離の関連があるか」、「どのくらいの割合の特発性椎骨動脈解離が高い枕に起因するのか」について検討したとする。
今回の研究では、国循において2018~2023年に特発性椎骨動脈解離と診断された症例群53名と、同時期に入院した年齢と性別をマッチさせた脳動脈解離以外の対照群53名を設定し、発症時に使用していた枕の高さが調べられた。高い枕の基準については、外部専門家の意見から12cm以上を高値、15cm以上は極端な高値と定義したという。
また今回の研究では、同時に枕の硬さや先行研究から椎骨動脈解離に悪影響を及ぼす可能性が示されている首の屈曲の有無についても調査したとのこと。高い枕の使用と特発性椎骨動脈解離の発症との関連を調べるとともに、起床時発症で軽微なものも含めて先行受傷機転のない、臨床的に高い枕の使用が発症原因として疑わしい患者の割合も調査された。
調査の結果、高い枕の使用は症例群が対照群より多く、12cm以上の枕では34%対15%(オッズ比22.89倍)、15cm以上の枕では17%対1.9%(オッズ比10.6倍)で、高い枕の使用と特発性椎骨動脈解離の発症には関連が見られたという。そして、枕が高ければ高いほど、特発性椎骨動脈解離の発症割合が高いことも示唆されたといい、この関連は枕が硬いほど顕著で、柔らかい枕では緩和されていたとする。
さらに今回の研究では、高い枕と特発性椎骨動脈解離の関連について、首の屈曲が媒介する効果は全体の3割程度であり、寝返りなどの際の頸部の回旋が合わさって、発症に関連する可能性が示唆されたとした。起床時発症で他に誘因のない、高い枕を使っていた特発性椎骨動脈解離の患者は、症例群全体の約1割を占めていたという。
今回の研究では、高い枕の使用が特発性椎骨動脈解離の発症に関連があり、特発性椎骨動脈解離の約1割が高い枕の使用に起因し得ることが示された。枕の使用は容易に修正可能であるため、予防につながり得る点において今回の成果は意義があるとする。
また椎骨動脈解離は、欧米に比べて東アジアで極端に多いことが知られていたが、有力な遺伝因子や環境因子の候補はこれまで見つかっていなかった。これまで注目されてこなかった文化的素因が一部この地理的偏在を説明し得る点が示されたことも特筆すべき点とした。
なお、時代劇などでも見られるが、日本には「殿様枕」と呼ばれる高く硬い枕が17~19世紀に使われていた。髪型を維持するのに有効だったとされ、名前は“殿様”だが広く庶民の間にも流通していたという。1800年代の複数の随筆には、「寿命三寸楽四寸(12cm程度の高い枕は髪型が崩れず楽だが9cm程度が早死にしなくて済む)」といった言説が流布していたという記載が残されており、当時の人々は、高い枕と脳卒中との隠れた関連性を認識していた可能性があるとする。
研究チームは、今回示された患者が特有の疾患像を有していることを考慮し、暫定的な疾患概念「殿様枕症候群(Shogun pillow syndrome)」を提唱したとのこと。枕の硬さや高さなどで、睡眠の質が変わることは誰もが知るところだが、何気ない睡眠習慣が、脳卒中の重要危険因子になることが世に広く認識され、脳卒中で困る患者が少しでも減ることが期待されるとしている。