「ISSM(International Symposium on Semiconductor Manufacturing:国際半導体製造シンポジウム)」は、米IEEEが主催して応用物理学会やSEMI/SEAJなどが後援する形で1992年以降、東京都内で偶数年の12月に開催されているが、開催年ではない2023年12月、次回の「ISSM 2024」の広報活動もかねた「国内の半導体製造基盤強化に向けた生産技術再構築 ~ニッポン半導体の再興への一歩~」をテーマにした講演会「ISSM戦略フォーラム2023」が開催された。
IBMが語った高NA EUVの線幅均一性の高度な制御がカギとなる2nm超プロセス技術開発
IBM Researchのプロセス技術担当ディレクタのNelson Felix氏が基調講演として登壇。IBMのロジックデバイス微細化への取り組みやRapidusとの協業について説明した。
米ニューヨーク州政府が主導する先端半導体はじめ新興技術の非営利産官学共同研究開発ハブである「NY CREATS」の本拠地は、ニューヨーク大学アルバニー校ナノテクサイエンス&エンジニアリング学部(CNSE)キャンパスに同居するAlbany Nanotech Complex(アルバニーナノテク施設群)であるが、そこにIBMの300mm半導体研究開発センターがある。
ここで、IBMは従来からSamsung Electronicsからの研究費の出資と研究者を受け入れる形で次世代ロジック半導体プロセスの開発を共同で行ってきたが、ここにRapidusが加わることになった(図1)。
ニューヨーク州が土地や建物を所有するCNSEキャンパスには、世界中から20社ほど装置・材料メーカーが研究所(家主であるニューヨーク州政府からのレンタルオフィス)を開設し、研究陣が駐在し、IBMの研究にも協力している。日本からは東京エレクトロン(TEL)、SCREEN、JSR(JSR Micro)、日東電工、長瀬産業が参加している。2014年にIBMから半導体事業を譲渡されたGlobalFoundry(GF)は、14/12nmプロセスで微細化を中止してしまったので、IBMとは縁がなくなってしまっている(逆にGFは2023年4月、過去にIBMと共同開発した技術をIBMが無断でRapidusに提供したと提訴している)。
IBMは2021年5月6日、「IBM today unveiled a breakthrough in semiconductor design and process with the development of the world's first chip announced with 2 nanometer(nm) nanosheet technology(2nmのナノシート・テクノロジーによる世界初の半導体チップの開発に向けた半導体の設計とプロセスにおけるブレイクスルー)」という表現で、2nmプロセスの開発に成功したことを世界に先駆けて発表した(図2)。
非常に回りくどい表現を使ったのは、量産適用ではなく試作レベルでの発表だという点を考慮したためだろう。同社は、2nmプロセスは、発表当時の先端プロセスである7nm比で、パフォーマンスの45%向上、もしくはエネルギー消費量の75%削減ができるとの予測も発表していた(ただし具体的なデータの提示はなかった)。開発されたデバイスが実際に動作して、当該性能が得られたわけでなく、ましてや量産技術を開発したわけでもない。同社の関係者は当時、「今後3年間かけて2nmプロセスの改良を進め(量産適用を可能とし)、製造はSamsungなどのパートナーに委託する計画」と話していた。
Rapidusは2022年12月13日(日本時間)、IBMと「日本が半導体の研究開発・製造におけるグローバルリーダーを目指す取り組みの一環として、ロジック・スケーリング技術の発展に向けた共同開発パートナーシップを締結」したことを発表した。これによりRapidusは、IBMから開発段階の2nmテクノロジーおよび関連特許の使用許可を受けることが決定。現在、Rapidusの多数の技術者がニューヨーク州のIBM研究施設に派遣され、2nmプロセスの量産技術を共同で開発中だという。
Felix氏の資料ではRapidusを「日本政府と産業界の合弁企業」と記載してあり、その認識は興味深い。IBMとRapidusの協業は、日米両政府による次世代半導体開発協力声明の一環による協業であるといえるとしている(図3)。
また、Felix氏は、2nm超のプロセス技術を実現するには、EUV露光技術による線幅のばらつき制御がカギを握ることを強調した。そして、将来に向けた課題として、以下の3点を挙げている。
- EUVの使用工程数を削減するプロセス簡略化(例えば、Applied Materialsが開発したBEOLのEUV代替技術のような新規技術の開発と採用)
- 高NA EUV露光を用いざるを得ないチップのサイズを小さくするためのチップレットの採用
- 高NA EUV露光での高度な線幅制御(高NA EUVを用いたパターニングでは、<1nmオーバーレイとCDU(限界線幅均一性)のとてつもない厳しい制御が要求される。高NA化では、高解像度とDOF(焦点深度)、コントラスト、スループットがトレードオフの関係にある)
いずれもEUVがらみの課題ばかりである。Rapidusは、EUVリソグラフィに関してベルギーimecから技術指導を受ける契約を結んでいるが、先端半導体研究でライバル関係にあるIBMとimecがどのように協業するのか(あるいはしないのか)は明らかになっていない。
半導体関連企業が将来に向けた製造戦略を紹介
このほか、同フォーラムでは、「国内の半導体製造基盤強化に向けた生産技術再構築」というフォーラムのテーマに沿って、Rapidus、キオクシア、三菱電機(パワーデバイス製作所)、TEL、SCREEN、SUMCOなど国内の大手半導体関連企業が、自社の将来に向けた製造戦略を紹介したほか、熊本県 商工労働部産業振興局が、シリコンアイランド九州の復興に向けた政策を紹介し、半導体人材が集い、世界に半導体を供給し、半導体を核として産業が創出される熊本を目指し、半導体インフラを支え、挑戦し続けることを宣言した。
先端ファウンドリ成功のカギは、習熟技術者、資金調達、顧客確保
また、同フォーラムでは、参加者に対するアンケートが実施され、以下のような結果が発表された。
Q:最先端ロジックファウドリのファブに関してスムーズな立上げの鍵となる要因は何だと思いますか? (複数回答可)
- 習熟した技術者:64%
- 試作プロセスの完成度:55%
- プロセス装置の安定度:50%
- プロセス条件のウィンドウとばらつき制御:39%
- 先進プロセス制御などの生産システム:30%
- アカデミアの積極的参画:9%
Q:最先端ロジックファウンドリの成功に関し環境面で重要な要因は何だと考えますか? (複数回答可)
- 資金調達:73%
- 顧客確保:66%
- 世界の精鋭技術者の結集:46%
- AIなど異なる分野の技術の結集:41%
- 国際的研究機関:16%
Q:先行する海外の技術者から技術協力や指導を受けるとすればその国はどこだと考えますか? (複数回答可)
- 台湾:81%
- 米国:74%
- 韓国:30%
- 欧州:23%
- 不要:2%
最先端ロジックファウンドリが順調に立ち上がるために参加者が選択した重要な事柄に意外感はないが、現在、実現しているアカデミアや国際研究機関の参画への期待感はかなり少ない印象を受けた。
技術指導を受ける国として、7~8割の参加者が台湾や米国と答えているのに対して韓国が3割と少ないのは、過去の日韓関係が影響か、もしくは韓国はメモリ技術がメインだと思っているからであろう。2024年1月、日韓の関係は急展開を迎えており、Samsungが横浜市のみなとみらいに進出し、半導体後工程の研究所を設置。それに日本政府が最大200億円の補助金を支給することを決めるなど、新たな関係構築に向けた動きが見える。IBMが長年にわたって技術供与をしてきたSamsungが、Rapidasを何らかの形で支援することもありうるかとのメディアの問いに、日本IBMの森本典繁副社長は「目的とビジネスニーズが合えば、当然いろいろなオプションは検討する」といった返答を行っており、韓国勢による日本支援の可能性も出てくる可能性もある。
TSMCの熊本工場は順調立ち上げが予想されるも、Rapidus千歳工場の見通しは不透明
なお同フォーラムでは最後に、アンケート結果の結果発表に際して、実際に講演を聞いてRapidusの千歳工場が順調に立ちあがると思うかとの問いも行われた。その結果、55%がそうは思わないと答え、45%がそう思うと答えるなど、ほぼ半々の意見に分かれた。一方のTSMC熊本工場(JASM)については聴講者の80%が順調に立ち上がると思うと答えたほか、三菱電機などの日本企業のGaNファブについては93%が順調に立ち上がると思うと答えるなど、状況や条件が異なるが、見立てが違っていることが示される結果となった。
TSMCの熊本工場も三菱電機などのGaNファブもすでに実現された技術をベースにしているためだと思われる一方、Rapidusは2nmプロセスという、まだ他社も量産化には至っていない技術であり、そのスムーズな立ち上げにはいくつもの解決すべき課題が残されている点が判断を分けたものと思われる。