スカパーJSATは1月30日、同社が推進しているスペースデブリ除去プログラムを次のステージへと進めることを目的に、社内発スタートアップ「Orbital Lasers(オービタルレーザーズ)」を2024年1月12日付で設立したことを明らかにした。

Orbital Lasersのコンセプトムービー

社内発スタートアッププログラム第1号として誕生したOrbital Lasers

スカパーJSATの代表取締役 執行役員社長の米倉英一氏は、「スカパーJSATは、市場のニーズに合わせて衛星を設計・開発から運営するまでノウハウを持っているが、この能力をさらに発展させるべく、2018年に新規事業の探索を開始。2019年以降、社内外のさまざまなパートナーとともに研究開発、ビジネス開発を進めてきた。その結果、スカパーJSATとしてもスペースデブリ除去と衛星LiDARの2つを事業の柱に、新会社の設立を決定。今後も、宇宙で実業する企業として歩みを進めていきたい」と、スカパーJSATとしても、今後の宇宙活用が自社の事業展開において重要となることを強調して、新会社に対する期待を語った。

また、Orbital Lasersの代表取締役社長に就任した福島忠徳氏は、自身がスカパーJSATで低軌道における衛星の運用設計や衝突回避運用設計などに携わった経緯から、衛星事業者としてスペースデブリの問題解決が重要になると判断し、社内発スタートアッププログラムに応募。理化学研究所(理研)とも宇宙用レーザーの開発チームを立ち上げ、チームリーダーを兼務するなど、技術開発と事業開発を推進してきたと、これまでの経緯を振り返り、「こうした経験が、効率の良いレーザーを作れる技術を武器とするOrbital Lasersの設立に結びついた」とする。

  • Orbital Lasersの代表取締役社長に就任した福島忠徳氏

    左からOrbital Lasersの代表取締役社長に就任した福島忠徳氏、スカパーJSATの代表取締役 執行役員社長の米倉英一氏

新会社のビジネスの柱は、理化学研究所(理研) 光量子工学研究センター 光量子制御技術開発チームの和田智之チームリーダーが率いる研究チームと共同開発を進めている高効率かつ低消費電力なパルス固体レーザーを活用した「スペースデブリ除去事業」と、そうして開発を進めてきているレーザー技術を応用発展させた「宇宙用LiDAR」を用いて、地球表面の高度を高精度に測定する「衛星ライダー事業」の大きく2つ。まずはスペースデブリ除去事業として、2025年度より回転しているスペースデブリを止めるペイロードの開発・販売を行う「DTB(Detumbling)事業」をデブリ除去事業者に展開していくとするほか、2029年度には自社サービスとして、スペースデブリ除去サービス「ADR(Active Debris Removal)事業」を提供する予定としている(2027年には軌道上でレーザーをデブリに照射する実証を行う予定としている)。一方の衛星ライダー事業については、2024年1月12日にスカパーJSATと宇宙航空研究開発機構(JAXA)の間で「2023年度地球観測用高度計ライダー衛星のシステム並びに事業化に係る概念検討」に係る契約を締結済みで、今後、新設されたOrbital LasersがスカパーJSATからの委託を受ける形で、事業化に向けた研究開発を進める予定だとしている。

  • Orbital Lasersの核となる2つの事業

    Orbital Lasersの核となる2つの事業 (提供:スカパーJSAT/Orbital Lasers、以下すべて同様)

  • 2027年には軌道上実証を行う予定

    2029年度のADR事業のサービス提供に向けて2027年には軌道上実証を行う予定としている

コンステレーションの流行で待った無しの状況のスペースデブリ問題

宇宙活用が活発化していく中、スペースデブリも増加傾向にある。また、衛星同士の衝突によって多数のスペースデブリが発生する事態も発生。こうしたスペースデブリの多くは、6Gでも活用が期待されている非地上系ネットワーク(NTN:Non-Terrestrial Network)の基盤となる衛星通信コンステレーションの整備が進む前からのもので、今後、そうした衛星コンステレーションを活用したサービスが拡大していくと、宇宙に打ち上げられる衛星の数も膨大となり、必然的に膨大な数のスペースデブリが生み出されることとなる。放っておけば、スペースデブリが衛星やほかのスペースデブリにぶつかり(スペースデブリの速度は秒速7kmほど、時速に換算すると実に17万6400kmとなる)、次々と新たなスペースデブリを生み出し、その軌道を使えなくなるまでスペースデブリが覆う、いわゆるケスラーシンドロームが発生する可能性も高まってくる。

そうした増加するであろうスペースデブリの除去としては、大きく2つの方法が考えられている。1つは、衛星を運用終了時に、それまでの軌道から安全な軌道に退避(デオービット)させる「PMD(Post-mission Disposal)」。もう1つが、すでに軌道上にあるデブリやPMDに失敗した宇宙ごみを除去する「ADR(Active Debris Removal)」で、Orbital LasersではこのADRを事業化することを目指している。

最初にDTB事業を始める背景として福島氏は、「デブリ除去事業者を含めた宇宙企業と情報を交換するなかで、デブリの回転が問題であった。それをレーザーで止めることができる点は、そうした多くの企業に魅力であると認識し、まずはそうした企業に向けてレーザーペイロードを提供する事業を先行させることにした」と、デブリ除去で重要なデブリが高速で回転している状態をレーザーを当てることで静止状態にできる点が注目を集めていると強調。その一方で、ターゲットとなるデブリの除去には必ずしもレーザーだけで対処しようとしているわけでもないとし、「今回、シミュレーション上では3tの物体までレーザーで回転を止めることができることを確認したが、その達成にはかなりの時間を要することも判明している。次のモデルのレーザーでは、改善できるとは思うあg、デブリ除去を確実に速やかにするため、ほかの技術などと協業することもありうる」と、あくまで目的はデブリ除去としている。

  • DTB事業のイメージ

    DTB事業のイメージ

どうやってレーザーでデブリ除去を行うのか?

Orbital Lasersはどうやってデブリ除去を行おうとしているのか。同社の考え方としては、レーザーでデブリを押すのではなく、「レーザーアブレーション」と呼ばれる、レーザーを材料表面に照射・蒸発させる現象によって生み出されるエネルギーを推進力に使おうというもので、このメリットとして、ロボットアームのようなターゲットとの物理接触なしで100mほど離れていてもターゲットを移動させることが可能という「安全性」、適切なタイミングでレーザー照射を繰り返すことで、ターゲットの回転を止めることができる「回転物体への適用」、そしてデブリ本体をアブレーションさせることで推力が発生するので、デブリを移動させるための追加の燃料が不要なほか、ターゲット対象となる衛星やロケットの設計を変更することもないという「経済性」の3点が挙げられている。

  • レーザーアブレーションの概要

    レーザーアブレーションの概要

実際のデブリ除去ビジネスとしては、他社同様、まずはデブリ除去衛星を打ち上げ、ターゲットに接近。その後、外観の観察を行い姿勢や挙動を解析。それを踏まえて、回転を止めるDTBフェーズを経て、回転を止めた後に、レーザーをターゲットに照射し、徐々に高度を下げていく、という一連の流れを想定しているとする。

衛星LiDARで何が分かるのか?

もう1つのビジネスとして考えられている衛星LiDARを活用した地球観測だが、これはレーザーを地表面に照射し、跳ね返ってくるまでの時間から、衛星と反射位置までの距離を測定することで、高精度な高さ方向の情報を得ようというもの。

現在、地球の3Dベースマップは位置を変えた衛星に搭載された光学カメラで撮影した画像を重ね合わせて作っているというが、その場合、高さに関しては誤差が大きかったという。これをLiDARへと置き換えてやることで、高さ誤差の少ない3Dマップを構築することができるようになるという。

これにより例えば、森林の木の高さを広範囲かつ定量的に測定することで、成長の度合いを把握。カーボンクレジットの評価へと適用するといったことなどが考えられるとするが、具体的な活用に向けては「これからいろいろな人とコミュニケーションを図って、さらなるユースケールの模索を進めていく」(福島氏)としている。

  • 衛星LiDARが提供するサービスのイメージ

    衛星LiDARが提供するサービスのイメージ

なお、同社が開発するレーザーペイロードは、200kg級の小型衛星にも搭載して、そこに搭載された太陽電池パネルの発電電力で賄えるようにすることを目指しているとのことで、コンパクト化を図りつつ、高効率化に向けた取り組みを進めていくしている。また、親会社となるスカパーJSATとしては、「光学衛星やSAR衛星などの分野にも投資を進めていく。すでにSAR衛星を手掛けるQPR研究所とは出資を含めた協業を行うなど、取り組んでいるが、宇宙実業者として顧客の予算規模に応じた地球観測ニーズに応えられるメニューの幅を持ちたいと思っている。そうしたニーズもBtoBだけでなく、BtoGやBtoCなども含め、いろいろな衛星資産を持つ会社でありたいと思っている。スカパーJSATの特長は民間企業ながら、衛星の設計・打ち上げ・運用・管制までできる点。そうした点も含めた宇宙インフラを整えた目指したい」(米倉氏)としている。