宇宙航空研究開発機構(JAXA)は1月25日、小型月着陸実証機「SLIM」に関する記者会見を開催、19日~20日に実施した月面着陸の結果や成果を報告した。注目のピンポイント着陸は、目標を大幅に上回る精度10mを達成。また分離した2台のローバーの動作も確認され、日本初の月面着陸と同時に、日本初の月面走行も実現したという。
ピンポイント着陸は成功を確認
SLIMが目指した着陸地点は、月面の「SHIOLI」クレーターの東側。これまで、座標は大まかな数値だけが公表されていたが、今回、経度25.24889°、緯度-13.31549°という、正確な座標が発表された。
SLIMの実際の着陸地点は、当初の目標位置から、東側に55m程度離れた場所だと推測されている。この数字だけでも、ピンポイント着陸の目標であった精度100mは達成しているのだが、記事の冒頭で書いた「精度10m」とはどういうことか?。まずは、そのあたりから説明していきたい。
ピンポイント着陸のキー技術は、画像照合航法である。高精度に着陸するためには、まず自分が今どこにいるのかを、高精度に知る必要がある。通常、自己位置は機内のIMUからのデータで計算するが、これは相対的なもののため、時間経過とともに誤差が累積する。画像照合は、地形という絶対的なものを指標にし、誤差をリセットする役割がある。
今回の着陸では、降下開始前に3カ所、前半の動力降下フェーズで2カ所、後半の垂直降下フェーズで2カ所の計7カ所で、画像照合を実施。いずれも正常に完了し、自己位置の補正を行った。地上側でも同じ画像から自己位置の推定を行い、異常時には支援することも考えていたそうだが、全て正確だったという。
高度50mではホバリングを行い、降下を一旦停止。このときに地表を2回撮影し、画像認識で危険な岩などを検出、東南東に11.8m離れたポイントを、安全な着陸地点として、新たに設定した。SLIMはこれを全て、自律的に行っている。
高度50mからは、安全に着陸するため、障害物の回避を優先させる。当然、これらの挙動によって、当初の目標地点からはズレることになるため、ピンポイント着陸の精度としては、この直前の時点の位置で評価するのが妥当だと言える。
この高度50mでの誤差は、撮影画像から判断できるが、これは1回目の画像で3.4m、2回目の画像で10.2mだった。この結果から、JAXAは精度を「10m程度以下」と評価。ただし、2回目は後述のエンジントラブルの影響があったと推測されており、SLIMの実力としては、「3~4m程度」だった可能性が高いという。
当初、着陸精度の評価には1カ月ほどかかるという説明だったのだが、これほど早く結論が出たことについて、坂井真一郎・SLIMプロジェクトマネージャは、ジグソーパズルで表現。「100ピースと1万ピースだと、探す時間が全然違う」と述べ、これほど高い精度だったため、すぐに特定できたことを明らかにした。
画像照合は非常に強力な手法であり、筆者も異常が無ければ成功するだろうとは思っていたものの、最低でも10m程度、おそらく3~4m程度という結果には驚いた。ただ、坂井プロマネによれば、事前の検証では「10回中7回くらいは10m以内で降りる」見込みだったそうで、この結果には納得の表情だった。
各国の月面着陸において、過去に公表されている範囲では、SLIMの着陸精度は、世界最高となる見込み。この精度があれば、従来は、危なくて降りられないと思われていたような場所にも、着陸できるようになる。
このことについて、坂井プロマネは「スポーツの世界でも、誰かが記録を破ると、続けて記録が伸びることがあるが、これからは月面着陸でもそういうことが起きるかもしれない」と指摘。「今後は『行けるはずがない』と思うことができなくなった。新しい扉を開いたのかもしれない」と、エンジニアらしいワクワクした表情を見せた。