物質・材料研究機構(NIMS)は1月25日、高品質単結晶n型ダイヤモンド半導体成長技術をベースに、n型チャネルダイヤモンドMOSFETを開発したことを発表した。
同成果は、NIMS 電子・光機能材料研究センター 機能材料分野 超ワイドギャップ半導体グループの廖梅勇主席研究員、同・Huanying Sun氏、同・小泉聡グループリーダーらの研究チームによるもの。詳細は、多様の分野の基礎から応用までを扱う学際的なオープンアクセスジャーナル「Advanced Science」に掲載された。
現代のエレクトロニクスを支える、シリコンを用いた相補型金属酸化膜半導体(CMOS)技術による電子デバイスは、電力密度、周波数応答、耐熱性や耐放射線性などにおいて性能限界に直面している。そこで炭化ケイ素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)など、パワー半導体の実用化や研究開発が進んでおり、中でも多くの注目を集めているのがダイヤモンドだ。ダイヤモンドデバイスは、高電圧耐性、高温耐性、耐放射線性などでほかを大きく上回り、発熱対策が不要な次世代のパワーエレクトロニクス回路および高機能集積回路の構築が期待されている。
しかしダイヤモンドデバイスについてはまだ研究途上であり、トランジスタの形成、特にダイヤモンドによるCMOS集積回路の開発が重要で、p型とn型双方のチャネル動作をするMOS構造形成が必要とされる。それを実現するには、シリコン半導体と同様に高度なドーピング制御が必要となるという。しかし、ダイヤモンドではドーピング制御の困難さから、nチャネルMOSFET形成はこれまで実現されていなかった。
n型ダイヤモンドMOSFETの形成には、「高結晶品質ダイヤモンドn-型チャネルエピタキシャル」(以下、「エピ」と省略)層と「高導電性n+コンタクトエピ」層の成長が不可欠とされる。そこで研究チームは今回、高温高圧合成(HPHT)単結晶ダイヤモンド基板{111}結晶面に、NIMSが独自開発した「マイクロ波プラズマ化学気相成長」(MPCVD)によって精密にドーピング濃度を制御した高品質n型ダイヤモンドエピ層の形成を試みたという。
デバイスチャネル用に低濃度のリンをドープしたn-ダイヤモンドエピ層は、HPHTダイヤモンド基板表面に直接成長がなされた。その後、オーミックコンタクトの形成用に高濃度でリンをドープしたn+層のn-層表面への堆積がなされた。n-型ダイヤモンドのホモエピタキシャル成長は、ステップフロー成長モードに従い、原子的に平坦(平均粗さ約0.1nm)なテラスを形成することが原子間力顕微鏡(AFM)観察で確認されたという。また成長面内でのリン濃度の均一な分布や、ドナーを不活性化する水素含有量が測定限界以下に低いことも、二次イオン質量分析で確認されている。ダイヤモンドエピ層の電子移動度はホール効果によって測定され、300℃の高温において212cm2/V・secの高い値が得られているとのことだ。
続いて、ここで作製された金属酸化膜半導体電界効果トランジスタの動作が調べられた。すると、ソースとドレイン(n+層)のコンタクト間のチャネルに流れる電流(ドレイン電流)をゲート電極にかける電圧で制御でき、その極性から電子(n型)伝導性が初めて確認されたとのこと。ドレイン電流は、室温から300℃までほぼ4桁増加し、300℃における電界効果電子移動度は約150cm2/V・secの高い値が示されたという。これはほかのワイドギャップ半導体nチャネルMOSFETにおける同一温度域での移動度と比較して十分に高い値とする。
また高周波動作に関しては、300℃の高温でマイクロ秒レベルのスイッチング速度が得られたといい、ゲート振幅を広げればチャネルの導電率が増加するため、さらに高速のスイッチングが期待できるという。マイクロ秒レベルの速度、つまりMHzレベルの素子動作は、過酷環境下でのセンサ信号処理回路などへの利用に十分な特性であり、高温、放射線環境などで用いる各種センサ用プリアンプなどへの応用が期待できるとした。
ダイヤモンドの究極性能を最大限に活用するため、特に過酷な環境(高温および高い放射線暴露状態など)で動作できるエレクトロニクスとしてCMOSの開発が必要だ。研究チームは今後、放射線検出器やMEMSセンサ用の混合信号集積回路の要件を満たすように、n型MOSFETデバイス形状の最適化を行い、現状のメガヘルツ動作からより高周波のギガヘルツ動作に向けて高周波特性の向上を試みるとのこと。さらに、p型・n型ドーピング制御、薄膜形成技術を高度化してダイヤモンドCMOS回路実現に向けた研究を開始するとしている。