東京大学(東大)と東京都医学総合研究所(都医学研)の両者は1月24日、思春期児を対象とした「東京ティーンコホート調査」に参加した約3000名のうち200名強を対象として、MRIにより磁気共鳴スペクトロスコピー(MRS)を撮像し、思春期早期の2時点において脳部位の「前部帯状回」の興奮性神経伝達物質「グルタミン酸機能」が低いと、幻覚や妄想、思考形式の障害などを特徴とする精神病体験が多くなることを明らかにしたと共同で発表した。
また2時点の変化(差)として、前部帯状回のグルタミン酸機能がより低くなると、精神病体験がより多くなると見出したこと、前部帯状回のグルタミン酸機能は、いじめ被害があると低く、いじめ被害を受けた児においては援助を求める傾向がある場合に高いことを明らかにしたことも併せて発表された。
同成果は、東大 国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)の岡田直大特任准教授、東大大学院 医学系研究科 精神医学分野/医学部附属病院 精神神経科の笠井清登教授(WPI-IRCN 主任研究者兼任)、都医学研 社会健康医学研究センターの西田淳志センター長らの共同研究チームによるもの。詳細は、「Molecular Psychiatry」に掲載された。
ヒトや動物の知性、情動、意思を調節する興奮性の神経伝達物質であるグルタミン酸機能に異常があると、心の不調の一因となり得ることがわかっている。実際これまでの研究では、統合失調症の早期段階において、情動処理・社会性・認知機能に関与する脳部位である前部帯状回におけるグルタミン酸機能の低下が報告されていた。しかし、統合失調症発症のリスクが高い群における前部帯状回のグルタミン酸機能の変化や、思春期においてよく経験される環境による感情・社会的ストレスが、前部帯状回のグルタミン酸機能に及ぼす影響は不明だったという。
そこで研究チームは今回、東京ティーンコホート調査に参加した約3000名のうちの200名強を対象として、MRIを用いて関心領域を前部帯状回とするMRSの撮像を2時点(間隔を約2年に設定)で実施し、グルタミン酸機能を評価したとする。なお東京ティーンコホート調査とは、東大、総合研究大学院大学、都医学研が連携して行っている、東京都居住の思春期対象者が参加する大規模な疫学研究のこと。またMRSとは、生体組織内における化学物質の組成(濃度)を知ることができる技術のことである。
今回の研究では、同コホート研究で収集されたデータセットから、2時点における精神病体験の程度と、1時点目におけるいじめ被害の有無および援助を求める態度の有無が同定された。なお精神病体験とは、ほかの人には聞こえない声を聞くなどの幻覚、誰かに尾行されたなどと感じる妄想、心の中を誰かに読み取られるなどの思考形式の障害を特徴とする体験を指す。思春期におけるこうした精神病体験は、統合失調症の発症のリスク因子であることが知られており、一般の思春期児においても一定の割合で認められることが知られている。
研究チームはまず、精神病体験の程度と前部帯状回におけるグルタミン酸機能を調べたとのこと。すると2時点(時点1:平均11.5歳、時点2:平均13.6歳)において、前部帯状回のグルタミン酸機能が低いと、精神病体験が多いことが確認された。また1時点目から2時点目にかけて前部帯状回のグルタミン酸機能が低くなると、精神病体験が多くなることも見出されたという。
さらに、いじめ被害および援助を求める態度が前部帯状回のグルタミン酸機能に及ぼす影響を調べた結果、前部帯状回のグルタミン酸機能はいじめ被害があると低く、いじめ被害を受けた児においては援助を求める傾向がある場合に高いことが解明された。
そして最後に、いじめ被害、援助を求める態度、前部帯状回のグルタミン酸機能、精神病体験の関連がモデル解析された。すると、いじめ被害が精神病体験に及ぼす影響が確認されたとしている。
今回の研究により、思春期の複数時点における精神病体験の多さと前部帯状回におけるグルタミン酸機能の低下との関連が明らかにされるとともに、一般的に経験される環境による感情・社会的ストレスと前部帯状回のグルタミン酸機能の低下との関係が初めて解明された。
研究チームは今回の研究により、思春期において経験されるいじめ被害などの感情・社会的ストレスが精神病体験の生じやすさにつながる、その脳神経メカニズムへの理解が深まることが考えられるとする。
思春期は脳やこころの発達にとって重要な時期である一方、こころの不調をきたしやすい時期でもある。そのため、いじめを防止する取り組みや、いじめ被害を受けた場合でも一人で悩まずに援助を求めやすい環境づくりが、思春期における脳や心の健康な発達を支えることにつながることが考えられるとしている。