理化学研究所(理研)、東京大学(東大)、北海道大学(北大)の3者は1月23日、モリブデン(Mo)を用いた6原子程度から成る金属クラスタが無数の細かい穴(細孔)に取り込まれた触媒を創製し、これを用いて大気中の窒素分子(N2)からアンモニア(NH3)を低い温度でも持続的に合成することに成功したと発表した。
同成果は、理研 環境資源科学研究センター 先進機能触媒研究グループの上口賢専任研究員、同・侯召民グループディレクター(理研 環境資源科学研究センター 副センター長兼任)、東大大学院 工学系研究科 化学システム工学専攻の中山哲教授、北大 触媒科学研究所の清水研一教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英国王立化学会の機関学術誌「Chemical Science」に掲載された。
NH3は、肥料や窒素原子を含んだ化学製品の原料として大量に必要なため、ハーバー・ボッシュ法により合成されている。しかし同手法は、150~350気圧下・350~550℃という高圧・高温条件が必要なため、多量のエネルギーを消費する上、二酸化炭素の排出量も多く、より温和な条件で合成できる触媒の開発が求められていた。ハーバー・ボッシュ法において特にエネルギーを多く消費するのが、鉄を用いたN2の強固な窒素‐窒素三重結合の切断だ。そこで研究チームは今回、鉄と比べて窒素‐窒素三重結合を効果的に切断できるMoクラスタを利用したNH3合成に挑んだという。
今回の研究では、ハロゲンが配位した6原子のMoから成るクラスタが着目された。1気圧の水素流通雰囲気下250℃程度で加熱処理すると、ハロゲン配位子が部分的に外れ、同クラスタはさまざまな反応の触媒になるとのこと。NH3合成触媒として機能させるには、窒素‐窒素三重結合を効果的に切断するため、ハロゲン配位子をすべて外し、できる限り多くのMo原子を反応に関与させる必要がある。ところが600℃ほどの高温で加熱処理すると、配位子がすべてて外れるものの、それと同時にMoクラスタが凝集し、大きな金属原子集合体に変化してしまう。反応に関与できる表面Mo原子の数が大きく減ってしまうため、低い活性しか得られないのである。
それに対して研究チームは、細孔を持つ多孔質担体にハロゲンが配位したMoクラスタを取り込ませることにより、凝集を防げるようになる可能性に注目。クラスタと同程度の1nm以下の大きさの細孔を持つ多孔質担体「ゼオライト」にクラスタを担持させ、水素流通雰囲気下600℃で加熱。その結果、ハロゲン配位子がすべて外れた後でも、6原子から成るMoクラスタが原子の数(正確には平均数)をほぼ保ったまま細孔に取り込まれることが確認された。細孔の大きさを変えると、生成するMoクラスタの大きさも変更できたといい、クラスタの大きさは、電子顕微鏡観察などを用いて分析されたとのことだ。
次に、Moクラスタを細孔に取り込んだゼオライトに対し、N2と水素分子の混合ガスを流通・反応させた結果、10気圧下・400℃では約260時間、50気圧下では200℃でも約520時間(200℃の反応としては過去最長レベル)、NH3が一定の速度で生成されることが確認された。このことから、細孔に取り込まれたMoクラスタは、比較的温和な条件でもNH3を持続的に合成できる耐久性の高い触媒であることが明らかにされたのである。
これを受け研究チームは、反応機構について詳しく考察。ハーバー・ボッシュ法の鉄触媒のような通常の触媒では、NH3合成に至る各反応過程のうちでは、窒素‐窒素三重結合の切断過程に最大のエネルギーを要する。一方、鉄などに比べてMoはN2の窒素‐窒素三重結合の切断能が高い元素だ。その上、理論計算によりMoクラスタ触媒ではMo原子が協同的に働くことで窒素‐窒素三重結合を効率よく切断することが明らかになった。したがって、Moクラスタ触媒は安定なN2の活性化に高い能力を有することが判明したとする。
近年NH3合成触媒として、N2の切断過程に大きなエネルギーを必要としない高活性なものが開発されている。その中には、切断を効果的に行えるよう強い電子供与性を有する反応性の高い特殊な成分が加えられているため、取り扱いが難しい触媒も存在する。それに対し今回の触媒は、特殊な成分を使わずにN2を比較的低い温度でも効果的かつ持続的に切断できる上、安全に取り扱えるとする。
研究チームによると今後、触媒の改良および活性向上により、温和な条件下で安全かつ大量にNH3合成を行う実用触媒の実現への道が開け、燃焼時に二酸化炭素を排出しないNH3燃料の増産が促進されるなど、省エネや脱炭素社会への貢献が期待できるという。さらに、極微サイズの金属クラスタの確立という研究成果は、ナノ材料分野の研究や応用への貢献も期待できるとしている。